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日本でいちばん好きなワイン・バー「祥瑞」

2006年06月06日

 

 ずばり明言します。ここは私が日本でいちばん好きなワイン・バーです。店の名前は「祥瑞(ションズイ)」。この名前からしておよそワイン・バーらしくない。よく見るとテーブルひとつにしても選び抜かれたものを使っているのですが、一歩足を踏み入れた店内は雑然とした感じがします。今、流行のインテリア・デザイン・コンシャス、つまり内装で客を呼び込もうとする姿勢は、まったくなさそうです。ほんわかとムードを盛り上げたいファースト・デートにはおよそ向いていないかもしれませんね。店内にはところ狭しとワイン専用の木箱やダンボール箱が積み上げられている。質実剛健にワイン1本勝負。マスターは勝山晋作さんといいます。

 

 私がこの店を知ったのは、当時、田中康夫さんが月刊誌「噂の真相」に連載していた「東京ペリグロ日記」に紹介されていたからでした。田中さんが長野県知事という公職に就く前でしたから、私生活は思いっ切り奔放、その自由な行動を包み隠さず書いていたこの連連載は、なかなか読み応えがありました。複数で付き合いが進行していたスッチーたちとどこで食事をしたとか、なんとかホテルへ止宿したとか、すべての記述が具体的でした。マスターの勝山晋作さん 彼女たちとのヨーロッパ旅行の報告も詳細を極めていました。そのころ田中さんはイタリアに凝っていたようで、イタリアの三ツ星レストラン、銘柄ワインの話題もひんぱんに出てきたものです。
 イニシャルで登場するお付き合いの相手の美女たちについても、ほんものはどんな女性なんだろうと想像を逞しくする楽しみがありました。しかし知事に当選後は、立場上、品行方正を心掛けるようになったので、読者としては興味半減してしまいました。

 「噂の真相」という雑誌自体、休刊になったのは淋しい限りです。かなりゲスな編集だったけれど、権力者や有名人への爆弾効果じゅうぶんで、ユニークな月刊誌だったと改めてその存在を懐かしんでいます。
 田中さんの「東京ペリグロ日記」の魅力は、一種の「辛口ミシュラン」として読めたことです。ホテル、レストラン、バー、なにを取り上げてもあまり褒めているのを見たことがない。「祥瑞」はそのなかで例外的な店でした。
 すぐに出かけてみたいと思ったのですが、困ったことに六本木7丁目界隈ということ以外、住所、電話番号などを一切明らかにしていない。多分、田中さんは自分にとって置きの店ということで教えたくなかったのでしょう。
 当時、私がいきつけだった龍土町のバーの常連客に麻布警察署の刑事さんがいたので、その人に調べてもらって、やっと所在地を確かめることができた次第。

 「祥瑞」では、たとえばボルドー5大シャトーのワインを薦められるというようなことは、まったくありません。今夜はこういう気分、こういうワインを飲みたいとだけいえば、あとは勝山さんが味と価格のバランスのよくとれた飲み得の銘柄をさっと出してくれます。
 私はこの店でロワールの甘い白ワインとかイスラエルの赤(カベルネ・ソーヴィニョン主体)とか、めずらしいワインをいろいろと教えてもらいました。
 私たちは、甘い白といえば即座にボルドーのソーテルヌを思い出しますが、私は、勝山さんのお陰でロワールでも上質なものを産することを知りました。
 イスラエルの赤については、あの国でワインを産すること自体におどろかされました。カベルネ・ソーヴィニョンの特色ともいうべきしっかりした重みを感じさせる味わいでした。
 もっとも、イスラエルとワインの関係は、フランス、イタリアのそれよりもずっと昔に遡ることができるのかもしれませんね。イエス・キリストがワインをわが血と思って飲め、と諭したという逸話が残されている土地柄ですからね。

 「祥瑞」の開店は1993年です。それ以前、勝山さんは広尾のナショナル麻布スーパーマーケットでワインの仕入れ、小売に携わっていました。このスーパーの顧客には欧米人初め、外国人が圧倒的に多い。場所が場所ですからね。それだけに日本人の間でワイン・ブームが起こる前からワインの品揃えには気を遣っていました。
そもそも外人さんはワインについて見栄を張らない。日本人はお勉強でワインを覚えるところがあるので(もちろん私もそのひとりでした)、つい指南書に出てくる名高い銘柄の高価なものを飲まなくては、と片意地張ってしまう。
 そこへいくと彼等のほうが実質主義に徹しています。安くておいしいものをとことん求めようとするんです。
 勝山さんのワイン選びのセンスは、ナショナル麻布スーパーのお客様たちに鍛えられたものにちがいありません。名声よりも実質的なおいしさをという基準は、きちんと「祥瑞」に受け継がれているのです。

 私が「祥瑞」に通い出したのはいつごろからだったんだろう?国会図書館へ行って、「噂の真相」のバックナンバーをひっくり返し、田中さんが「東京ペリグロ日記」でこの店を取り上げたのは199何年何月号だったか調べれば、私が最初に訪れた年月はおよそ特定できると想います。
 この店のあり処を突き止め、初めて飲みにいったのは、「噂の真相」のその号が出て間もなくのことでしたから。しかしまあ、そこまで手間隙かけるほどのことではないでしょう。

 おいしい料理も揃っています今や、何軒も系列店を持っている「オザミ・デ・ヴァン」が、まだ銀座2丁目に最初の店を出す以前だったということだけは、はっきりわかっています。「オザミ」のオーナーでワイン界の超名士、丸山宏人さんが本郷で「竹とんぼ」というおよそビストロにはふさわしからぬ名前の店をやっていたころのことなのです。
 あの当時、午前零時をすぎる頃ともなると、どこからともなく一騎当千の気鋭のシェフたちが「祥瑞」に集まってきました。フレンチだったら「アンフォール」の菊地美升さん(現「ル・ブルギニオン」オーナー・シェフ)、イタリアンなら「ラ・ゴーラ」の澤口友之さん(現「リストランテ アモーレ」オーナー・シェフ)といった強者が現われ、カンカンガクガクの料理・ワイン談義を始めるのです。
 丸山さんも常連のひとりでよく顔を出していました。

 丸山さん、菊地さん、澤口さんたちがその日の仕事を終えて「祥瑞」に集まってきたのは、明らかに勝山晋作さんの人柄を慕ってのことです。勝山さんには一癖も二癖もある名うての職人を包み込む包容力があるということでしょう。
 勝山さんのワインについての確かな選択眼、豊富な知識・情報が彼等にとって魅力的だったことも否定できません。
 勝山さんを前にして、こういったそうそうたる料理人たちがざっくばらんな会話を交わすのですが、私はというと、少し離れた席からそれを聞くともなく聞いて楽しんでいたというわけです。
 たとえば、誰かが、最近飲んだブルゴーニュのなんというワインが凄くよかったといたたとしましょう。すると勝山さんが、輸入元はどこそこ、今、在庫は何ケースしかないとコメントするんですね。もちろん、品種、年代、味と香りについても的確な分析を語ってくれます。
 プロの感性が静かに火花を散らしてシノギを削っている、そんなふうに私の目には映ったものでした。

 ところで丸山さんの「オザミ」銀座店が開店したのは、インターネットで調べたら1997年9月29日のことです。開店準備中に覗きにいったのを覚えています。客がこなくて閉店した麻雀屋のあとを借りたとか。資金があまりないから内装やテーブル、椅子にお金がかけられないということでした。今の丸山さんなら、お金を貸す銀行はいくらでもあるでしょうに。
 それはさて措き、「オザミ」の開店から類推するに、私が「祥瑞」に通いだしたのは、1997年か、その前の年の96年かもしれません。その後、勝山さんは、銀座5丁目三原小路に「グレープ・ガンボ」という2号店を出しました。現在、2店とも盛業中なのは嬉しい限りです。

 そうそう、勝山さんの店は、2軒ともいついってもブルースが鳴っています。それも、映画「ライトニング・イン・ア・ボトル」(カーネギー・ホールでの「ブルースの祭典」を撮影したドキュメンタリー。DVDあり)に登場するような本格的なブルースなのです。
 普通、ワインとブルースは水と油のように思えるけれど、勝山さんの店で飲みだすと、このふたつが案外相性がいいように思えてくるから不思議な気がします。理由はわかりません。勝山さんのマジックでしょうか。無理やりこじつけたくないのですが、強いていえば、ワインもブルースも最後に決め手になるのは作り手(あるいは歌い手)の人間味だからかもしれませんね。

 

2006年06月06日 21:12

コメント

はじめまして、小池くま、と申します。
安倍寧さんのいる風景を、時折、ブログに書いています。

安倍さんの実だくさんエッセイでお腹がいっぱいになったあとに、サービスで出る「つま楊枝」みたいな文章ですが、
よろしかったら覗いてみてくださいね。

アドレスは
http://blog.goo.ne.jp/kenoko2006

勝瑞については、5月31日にアップした「酔うとわたしは靴をぬぐ」で触れています。

投稿者 小池くま : 2006年06月06日 23:22

こんばんは。

噂の真相は今「ポスト噂の真相」というホームページになっていますよ。ここです。http://www.uwashin.com/index.html

過去の特集記事は検索できますが、連載は試しましたが無理みたいです。残念。

イスラエルといえば、昔、知り合いがシナイ半島返還のときに現地を見に行って、「美しい果樹園をつぶして全部更地にして返すんだよ」というのを聞いたことがあります。その時はなんということを…と思いましたが、更地にして返還というのが原則なんだと聞いてふうん、と納得。というわけで、イスラエルはくだものがよくとれる国のようです。たぶんいい葡萄ができるのでしょうね。

投稿者 織田浩子 : 2006年06月07日 01:06

「祥瑞」、一度だけですが、行ったことがあります。朴訥という言葉が似合う、木のぬくもりを感じるお店でした。「グレープ・ガンボ」は、ワインはもちろんですが、いつも美味しいお料理に魅せられてしまい、あまりお酒が飲めない私でも、つい、長居をしたくなるお店です。“書き込み”を見て、そのまま、“小池くま”さんのブログにもお邪魔してきました。先生とはまた一味違う、でもやはり、「祥瑞」をこよなく愛する思いが伝わってきました。

投稿者 原田順子 : 2006年06月07日 03:12

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