気紛れDIARY
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晩秋のロンドンにいってきました。街はクリスマスを迎える準備でどことなく湧き立っていました。銀座通り、晴海通りに当たるオックスフォード・ストリート、リージェント・ストリートはきらびやかなイルミネーションに色どられ、それは見事な眺めでした。夜、食事のあとなど摂氏2度の寒さも忘れ、しばし立ち止まって飽かずに眺めてしまいました。

拝啓  街はクリスマスの電飾で艶やかに彩られました。欧州では降誕祭のずっと前から、冬至を祝う風習が根づいていたといいます。一年で気候が最も険しく、暗い日々に華やかな祝祭の句点を置き、希望の色調で明るみを与えようというのは、この地に住む人々の智慧でしょう。ロンドンにいると、その祝祭に向けられた思いの切実さが身に沁みます。

リージェント・ストリートの
イルミネーション
岡秀俊さんの「傍観者の手紙」(みすず書房)の一節です。外岡さんは現在、ロンドン在住、朝日新聞ヨーロッパ総局長をつとめるジャーナリストです。私たちは、新聞紙上で外岡さんの署名記事を週になんども目にしますが、この本は本業のかたわら書かれたエッセイを一冊にしたものです。サブタイトルは「FROM LONDON 2003-2005」。全55篇、友人に宛てた手紙という型式をとっています。

各篇はかならず、今、引用した文章のような季節の描写から始まります。この書き出しがすばらしい。あまりにもすばらしいので、もうひとつだけ引用します。

拝啓  冬の木立が薄闇から現れ、厳しい輪郭を見せたと思うや再び闇に溶けていきます。日本では太平洋岸に日差しが溢れ、日本海側でも雪が景色を白く漂泊するのに比べ、ロンドンの冬は深い闇の底に閉ざされます。

このような端然としたたたずまいの時候の挨拶文のあと、さり気なくその時々の政治・経済・社会問題に入っていきます。書かれた時期がイラク戦争勃発、そして米英が泥沼にはまっていく過程と重なるので、この戦争をめぐっての話題がしばしば取り上げられます。
 しかし、それにとどまらず、取材で訪れた欧州各国、ロシア、ウクライナ、デンマークからフランス、スペインまでその土地々々を色濃く反映した話題も次々に飛び出します。とくに私は、アテネ・オリンピック取材余話といった趣の3篇を興味深く、また楽しく読みました。
 なぜオリンピックは8月に開催されるのかという疑問、開幕セレモニーの音楽(映画「その男ゾルバ」の主題曲)や映像を多用した演出、パレードに登場した「ギリシャの壮大な歴史を活人画で描いた機械仕掛けの山車(だし)」に触れられるだけではありません。
なぜ選手たちは記録に挑戦するのか、私たち観客はそのどういう部分に感動するのか。外岡さんは次のように書いています。

無駄な動きを殺ぎ、体の抵抗を減らし、力を滑らかな流線に変えなければ記録は生まれない。そうすることで、肉体は極限の、最も美しい形象を紡ぎます。(中略)私たちは記録に感嘆するというより、無意識のうちに選手が体現する極限の美に、畏怖に似た感情を呼び起こされるのではないか。

私は、スポーツにおける選手と観客の関係についてこれほど的確に指摘した美しい文章を知りません。
外岡さんのエッセイ各篇には小説、詩、映画から借りてきた題名がつけられています。「百年の孤独」「荒地」「イングリッシュ・ペイシェント」など。そして表題の作品が、エッセイのなかに必ず登場します。アテネ・オリンピックについての3篇のひとつには、「ギリシア・ローマ神話」という題が掲げられ、岩波文庫に入っている有名なこの本からの引用で締めくくられます。 私たち読者は、いつの間にか現実に起こっている生々しい出来事から、評価の定まった文学、映画の世界にスリップしていることに、はたと気づかされるというわけです。この巧みな仕掛けのせいで、それぞれの文章を読む楽しみがどれだけ増すことでしょう。
筆者は、時事問題を扱いながらその文章に永遠の生命を吹き込もうとしてこういう一種のトリックを考えたところもある。読み捨てられないための防止策としては、巧妙で効果的だと思われます。

Drawing Room で読書中実は私は、今度の旅行にこの外岡さんの本を持っていき、往復の機内やロンドンの宿で夢中になって読み続けていました。たまたま泊まり先のCovent Garden Hotel (10 Manmouth St.) の2階に、24時間、暖炉があかかかと燃える素敵なスペースがあったので、そこで「傍観者の手紙」を読みふけりました。ミーティングとミーティングの間のとても幸福な時間でした。もちろんロンドンですから、一杯の紅茶をすすり、すすりということになるわけですが……。
 このスペースは名づけてずばり、Drawing Room(居間、応接間)。泊り客ならば出入り自由、泊まっている部屋がいささか狭くても(英国のホテルはおおむねあまり広くない。超高級ホテルのスィートなら別ですが)、Drawing Roomのようなスペースがあると、心身ともに一息つくことができるというわけです。

今度のロンドン行きに外岡さんのエッセイ集を持っていったように、海外旅行の際、私は目的地になんらかの関連のある本を持参するということをよくやります。ニューヨークならば植草甚一さんのこの都市についての名随筆集とか。今、パリに出掛けるんだったら、なにがいいだろう。フランソワーズ・サガンの「悲しみよこんにちは」では時代遅れでしょうね。
 ちょうどロンドン滞在中、11月第三木曜日の11月17日にぶつかりました。ボジョレ・ヌーヴォー解禁日ですね。ドーバー海峡に隔てられているとはいえ、フランスの隣国イギリスでのこと、お互いにEUの一員ということもあるし、さぞやこの国では大騒ぎをするんだろうと信じ切っていたところ、これがまったくさにあらず。
 18日に総勢11名及ぶランチ・ミーティングをやることになっていたので、前日の17日、つまり解禁日当日ですよね、そのレストランIncognico (217 Shaftesbury Ave. 音楽、演劇関係などのトレンディな人たちが愛用する店) を下見と予約確認がてら訪れ、ソムリエに「今日からボジョレ・ヌーヴォー置いてますよね」と聞くと、ぜんぜん話が通じない。挙句の果てにワイン・リストを持ってきて、ボジョレのところを指差し、これですか?などと抜かしやがる。リストに載っているのだから、解禁になった今年のヌーヴォーじゃありませんよね。そこで業を煮やし、街のワイン屋をのぞいてみることにしました。これがフランスの街ならば、「本日、ヌーヴォー解禁」のビラが踊っているところですが、どうも様子が違う。ある店で「ヌーヴォーは?」と尋ねたところ、入り口近くのきたない籠に放りこまれた瓶を指差しただけで終わりなのですから、あとは押して知るべしでしょう。
 その店員(フランス訛りの英語だったから、多分フランス人)に更にしつこく、イギリスではヌーヴォーは不人気なのかとたたみかけたら、「ここではまったく無関心。フランスとは事情が違います」ということでした。籠の中のも3ポンド(約660円)の安物だったし。

帰国後、ボジョレで乾杯どうもボジョレ・ヌーヴォーにお祭り騒ぎをするのは、本国フランスのほかではアメリカと日本ぐらいらしいですね。私のいきつけのワイン専門店、マルシェ・ド・ヴァン銀座(Tel: 03-3577-5535)など11月29日には1本も残っていませんでした。この店で聞いたのですが、ロシアからのお客が立ち寄って、「へぇー、世界にこんな珍しいものがあるとは知らなかった」とお土産に買って帰ったということです。

私は今年、このヌーヴォーはまだ一種類しか試飲していません。P. Ferraud et Fils という蔵元のボトルのみ(輸入元JALUX)。 例年に比べて香りも高く、ボディもしっかりしていい仕上がりだと思いました。これならテーブル・ワインとしても極上の部類に入ると、年内になんどか飲みたいと思ったくらいです。

最後に専門家のコメントを紹介しておきます。辻調グループ・フランス校レクレール校主任教授の中野広幸さんが私宛てにくださった手紙の一部です。

今年のブルゴーニュワインは大変よくできました。ボージョレもしっかり、今年のヌーヴォーは色も濃く、タンニンと酸味のバランスも良く(といっても普通のワインより酸味は多く作ってあり、ヌーヴォーらしいさわやかさはしっかり存在していますが)、香りはフランボワーズ、カシスなどの赤い実のフルーツに加え、ヌーヴォーらしいパイナップル、熟して皮が黒くなった時のバナナの香りがしていました。

とても私はここまで香りを嗅ぎ分けられませんが……。ところで、辻調レクレール校はボジョレ地区の中にあるシャトォーです。学校の前は、ボジョレを作るガメ種のぶどう畑なんです。
 ボジョレ・ヌーヴォーは、年を越すとヌーヴォーではなくなります。今年中に皆さんも是非お楽しみください。

 

23:21 | コメント (2)

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