気紛れDIARY
: 安倍 寧 Official Web Site

 いい句だな、真実にあふれているな、胸にぐっとくるな、などと賛嘆しつつ再読三読しています。とりわけ共感した句のある頁に付箋を貼っていったら、ほとんどの頁に貼ることになってしまいました。
先ごろ角川春樹氏が出された句集「角川家の戦後」(思潮社)のことです。

句集「角川家の戦後」 この句集は、表題にたがわず角川家にまつわる句が多数収められている。それらの句と句の間からおのずと浮かび上がってくるのは、この一家の60年間の暮らし向き、その折々の作者の心境などでしょうか。句作によるある家族の戦後史という試みは、今までおこなわれたことがないユニークなものだと思います。
句集としてはかなり意表を突いた表題ですが、この内容なら、なるほどこれがベストにちがいありません。

 角川氏といえば、つとに霊能者的側面があることで知られています。この句集を読んだ私は、すぐに家霊という言葉を思い浮かべました。角川家の家霊が氏を突き動かし、その結果、生まれたのがこの句集なのです。

 「角川家の戦後」でなによりもまず目を惹くのは、氏の父母へのひとかたならぬ敬慕の情でしょうか。

遺されて母の硯を洗いけり

新蕎麦やいつしか父にこころ寄る

 春樹氏は、若いうちは父源義(げんよし)氏(国文学者、俳人、角川書店創立者)に反発するところが多分にあったらしい。それがなにかをきっかけにほどけることになったのでしょう。上記の句からはその時間的経過が透けて見えるような気がします。

 句集から察するに、一見、角川氏は母恋いの情が強いように思えます。しかし。次のような句もあるのです。

母遠し父なほ遠し木の実雨

 秋の日、木々から雨のように降り注ぐ木の実を浴びるうちに、あるいは、それをじっと見詰めるうちに、氏の胸中に父母への思慕の情が卒然と湧いてきたのでしょうか。
私は「なほ」の2字に注目します。母より更に遠いところへいってしまった父を、春樹氏は母への追慕以上の思いで懐かしんでいるものと思われます。

 いや春樹氏にとって、父と母は最終的には一体のものとして回想される存在となったということです。

煮凝や父連れて母来るごとし

 にこごりもいいが、とろろ汁もいい。日本人の食卓には欠かせない味覚です。

姉弟の齢あかりにとろろ汁

 歳(とし)を重ねた姉と弟が、多分久しぶりに会って、とろろ汁をすする。なにか心なごむ光景が目に浮かびます。
当然、姉弟の姉は作家の辺見じゅんさんでしょう。春樹氏が企画・製作者をつとめた映画「男たちの大和」の原作(「決定版男たちの大和」上下2巻、ハルキ文庫)が、辺見さんの渾身の力作であることは、改めて申すまでもありません。

 次のふたつは作者自身についての句と考えられます。

銀漢や俺はひとりの修羅なのだ

銀漢の底に獄舎の鮫眠る

 銀漢とは歳時記を見ると、天の川、銀河と同義語と知れます。秋の季語です。

 なぜ作者は自らを鮫にたとえたのか。氏の思いを忖度(そんたく)することは私には不可能です。しかし、氏の大胆不敵な、どこか不気味でさえある存在は、鮫を連想させずにおかないものがあります。強靭な精神、敏捷な行動力、なにをとっても氏は鮫なのです。

遠火事のごとし角川家の戦後

 戦後60年余、角川家にも作者自身にもさまざまな出来事があったにちがいありません。今、角川氏はその歳月、事件、事柄すべてを展望する位置に立っている。その胸に去来するものは、満足、諦念、安堵と多種多様でしょう。失意も少しは混じっているのでは・・・。しかし、なにより強く湧き上がってくるのは絶えざる闘志ではないか、私はそう確信するのです。

 この60年あまり、句作を通じ、角川氏が見据えてきたのは、角川一族の変遷にとどまるものではありません。日本と日本人の有り様こそ最大の関心事ではないでしょうか。

たくわんや日本を殺す日本人

 誠に直裁に日本の現状を突いている。日本列島の各所で次々と起こる不祥事を思うとき、この一句に心底から共感せずにいられません。

 この句と映画「男たちの大和」に命を賭けた角川春樹プロデューサーの思いとは、どこかで通底するものがある。次のような句に出会ったとき、私はそう思い至りました。

試写室の椅子に大和の兵がゐる

年ゆくや戦艦大和の兵の霊

 昭和20年4月7日、不沈艦と呼ばれた大和は、米空軍の猛爆にさらされ、あえなく南海の藻屑と消えました。艦と運命をともにした士官、兵の数は3千人を超えるといわれます。映画「男たちの大和」は、大和の兵の御霊に捧げる壮大な鎮魂曲(レクイエム)なのです。
ならば次の句はどう読み解くか。

蒼き狼北の大地を駆けて来よ

 文芸季刊誌「en-Taxi」(扶桑社)に、「角川句会手帖」という連載があります。角川春樹氏を宗匠に迎えた句会で、常連は文芸評論家福田和也氏、「句会手帖」の報告書の書き手佐藤和歌子さん。正客にはおやっと思う人物を迎えます。2006年夏号の正客は精神分析学者として、今、注目を浴びている斎藤環氏。
 同誌同号に石原慎太郎VS立川談志の対談が載っているのですが、石原氏が談志師匠に向かってこういう発言をしているのです。
 「斎藤環って、おもしろい精神病学者がいるんだよ。アンタ、会ったらいいよ、きっと仲良くなるよ」
斎藤氏は正式にはなんと呼んだらいいのか。精神分析学者なのか、精神病学者なのか。同誌の著者紹介には単純に精神科医としてありました。

 ここで2006年夏号の「角川句会」レポートから冒頭の部分を引用します。

 現代の精神分析学は、かの角川春樹を分析し得るか。それが今回の句会の裏テーマである。福田和也さんの企みを知ってか知らずか、角川さん到着早々、
 「今、30億円かけてモンゴルで映画を撮ってるんだ。こないだ行ったら、モンゴル政府から『雨を降らせてくれ』と頼まれてね。祈祷を始めた途端、雷が鳴って、雨が降って、しまいには雪がつもっちゃった。モンゴルに雪が降ったのは何十年ぶり。しかも夏に降るなんて初めてのことだよ」
どうやら現地では、映画のディレクター、詩人という肩書きのほかに、シャーマンとして紹介されているらしい。
「蒼き狼/地果て海尽きるまで」 記者会見
(Araの位置は前列右から2番目)
 「主演女優はAraという16歳の韓国人なんです。俺が煙草吸うのに、反対してさ」
角川さんはいつも深紅のキャビンを吸っていたはずなのに、手元には見慣れない煙草の箱が置かれている。福田さんが見咎めて、
 「ヤメて下さいよ、そんな、女に言われたくらいで、角川さんらしくない。それだけが角川さんの美点だったのに」
 「今その子を狙っているから、煙草、少しずつ減らそうと思ってね」
うっすらと頬が赤らんでいるではないか。

 角川氏が「モンゴルで撮っている」と語っている映画は、「蒼き狼/地果て海尽きるまで」(監督澤井信一郎)のことで、主人公はいわずもがな、チンギス・ハーンです。この歴史上の一大人物をヒーローに映画を製作するのは、角川プロデューサーの宿願だったと聞いています。
 先の「蒼き狼北の大地を駆けて来よ」は、いつ作られた句か不明ですが、氏のこの映画への沸々をたぎる情熱がそのまま反映されていると思えなくもありません。

(左から)松浦勝人氏
(エイベックス・エンタテインメント社長)、
角川春樹氏(プロデューサー)、
千葉龍平氏
(エイベックス・エンタテインメント副社長)
 今回、この映画で角川氏とともにプロデューサーとして名を連ねるのは千葉龍平氏(エイベックス・エンタテインメント副社長)です。映画界に初陣の千葉氏について、角川氏は、製作発表の記者会見ほかでもしばしば、
 「千葉を男にする」
と断言しています。だとしたら、先の句の「蒼き狼」は千葉氏のことではないか。これは、ま、千葉氏の男気、男ぶりをよく知る私の勝手な深読みですが・・・。

 話題を「角川家の戦後」に戻します。私はこの一冊の書物を勝手に「句集」として紹介してきましたが、角川氏の意向に沿えば「詩集」と呼ばなくてはならないかもしれません。「あとがき」で自らの句を「魂の一行詩」と名づけているからです。「あとがき」から氏の文章をいくつか引用します。

 「魂の一行詩」とは、日本文化の根源がある、「いのち」と「たましい」を詠う現代抒情詩のことである。

 一行詩の根本は、文字通り一行の詩でなければならない。
 俳句にとって季語が最重要な課題であるが、季語に甘えた、あるいはもたれかかった作品は詩ではない。

 ただ、詩といっても五七五の定型に変わりはない。五七五で充分小説や映画に劣らない世界が詠めるからである。

 この句集(詩集)を私なりに総括するなら、正統にして異端、あるいは異端にして正統ということでしょうか。

(附記) 俳句を引用しつつ俳句について語る文章なのに横書きというのは、なにかなじめませんね。ブログの慣習に従い、横書きなのが気になるところです。角川氏の俳句にはふりがなのあるものもありましたが、ブログでは技術的に不可能なため、割愛しました。ご容赦ください。

 

20:03 | コメント (6)

« 2006年06月 | メイン | 2007年09月 »