気紛れDIARY
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 2007年が足早に過ぎ去ろうとしています。今年の回顧といきたいところですが、思い出したくも無いような出来事が、次々と起こったせいか、その気になれません。そういえば12月24日付けの日経新聞朝刊に同紙コラムニスト土谷英夫さんが「アナス・ホリビリス07」という回顧記事を書いていました。

 アナス・ホリビリスとはラテン語で「ひどい年」という意味だそうです。エリザベス女王が、王室スキャンダル、ウィンザー城火災が起こった年に触れて用いたところから有名になった言葉です。土谷さんはこう書いています。
 「疑惑大臣の自殺、ばんそうこう大臣の奇観と続いて時の首相が突然、政権を投げ出す。野党第一党首の『プッツン』辞任末遂のおまけまでついた2007年に『アナス・ホリビリス』を借用したくなる」
政界以外にも防衛省官僚トップの汚職、老舗名店の相次ぐ偽装などモラル破綋が目立ちました。その他、サブプライム、薬害など数々出したらきりがない。
 
このような2007年の総括は私の手にあまります。そこで代わりにというのも辻褄が合いませんが、あわただしい師走の中で聞いて心に残ったアルバム2枚を挙げ、年末のご挨拶にしたいと思います。
最初に1枚は、「服部良一~誕生100周年記念トリビュート・アルバム~」(ユニバーサルミュージック)。懐かしの服部メロディーがずらり並んでいます。どの曲にも本物のモダニズムが脈打っている。近ごろ人はポスト・モダン、ポスト・ポスト・モダンなんていうけれども、服部メロディーは最良のモダニズムが息づいている。J-POPに係わり合いのある人たちは、すべからくその原点たる服部良一の音楽を聞きなおしたほうがいい。
 
おすすめのCD2枚 参加した歌手達も豪華版です。「別れのブルース」(昭和12年、淡谷のり子)は徳永英明、「一杯のコーヒーから」(昭和14年、霧島昇、ミス・コロムビア)はさだまさし、「蘇州夜曲」(昭和15年、霧島昇、渡辺はま子)は小田和正、「胸の振り子」(昭和22年、霧島昇)は井上陽水、「東京ブギウギ」(昭和22年、笠置シヅ子)は福山雅治という具合です。カッコ内はオリジナル曲が吹き込まれた年と歌手名です、念のため。
 どの曲を聞いても、まったく古臭さがないどころかきわめて新鮮で、歌っている今を時めくアーティスト達の個性、表現力と直載、かつ自然に結びついているのはさすがです。

 アルバムのプロデュースと編曲は、良一の長男の服部克久さんとそのまた子息の服部隆之さん。服部家3代にわたるあっぱれな共同作業です。克久さんの手になる「蘇州夜曲」のイントロダクションの美しさには思わず耳をそばだててしまいました。
★ユニバーサルミュージック http://www.universal-music.co.jp/

 2枚目は「マイケル・ファインスタイン&ジョージ・シアリング/ホープレス・ロマンティックス」(コンコードミュージック)。ファインスタインは、日本ではほとんど知られていませんが(今年8月、初来日)、ニューヨークの音楽シーンでは超有名な弾き語りピアニストです。ただし、このアルバムは伝説のピアニスト、シアリングと組んだ事からヴォーカルに徹しています。
 とり上げているのはハリー・ウォーレン(1893~1981)の作曲したものばかり。ウォーレンは、20年代~50年代、ハリウッドで活躍し多くの名曲を残しています。シアリングのテーマ曲ともいうべき「9月の雨」もウォーレンの名品です。

 さてファインスタインですが、彼にはふたつの特色があります。ひとつは、レパートリーをジョージ・ガーシュウィン、コール・ポーターなどアメリカの名作曲家のスタンダード曲に限定していること。ふたつ目は絶対に大きなステージでのコンサートをおこなわないという事です。
 彼の出演するのは、お客がリラックスして聞ける小さなクラブのようなところに限られます。ニューヨークではパーク・アヴェニューの高級ホテル、ザ・リージェンシーのなかのファインスタイン・アット・ザ・リージェンシーを根城にしています。東京での公演場所はブルーノート東京でした。

 ファインスタインが披瀝してくれるような小粋で洗練された歌、演奏のことをキャバレー・アクトというんですが、この場合のキャバレーは、もちろん日本語のキャバレーとはニュアンスを大きく異にします。ニューヨークのキャバレーはそれ自体がお洒落な場所なんです。ちなみに「ミシュラン」ニューヨーク版をひもといてみたら、ファインスタイン・アット・ザ・リージェンシーのことをNight owls向きと書いてありました。夜更かし族のことをこう呼ぶんですね。
 “夜のふくろう”にはファインスタインのアクト、それと葉巻、コニャックが良く似合う。

 ファインスタインの歌声は、ソフトというよりデリケートといったほうがいいでしょう。歌いぶりはなめらかですが、歌詞のいいたい意味はしっかり伝わります。まあ日本にはそういないタイプの歌い手でしょうね。
 「ユーアー・マイ・エヴリシング」「シャドウ・ワルツ」「瞳は君ゆえに」などウォーレン・ナンバーに秘められたよき時代のアメリカの芳香を見事に掬いとってみせる手腕は、尋常ではありません。
昨今、歌声にうっとりという体験からほとんど縁遠くなってしまっていましたが、このアルバムは、そのような希に見る貴重な時間を与えてくれました。
★CONCORD MUSIC GROUP http://www.concordrecords.com/

 では、皆さん、また来年、お会いいたしましょう。

 

21:29 | コメント (2)

 原さん、プロデュースの陣頭に立たれた「明日への遺言」が完成され、ほっと一息ついておられることと思います。通りいっぺんの褒め言葉などまったく虚しい、ほんものの名作を作られましたね。ずっしりと重い手応えを感じさせる希に見る作品だと思います。

藤田まこと(岡田中将) 長部日出雄さんがオール読物に連載している「新紙ヒコーキ通信」は、私が熟読して已まないすぐれた映画エッセイですが(映画の部分がいちばん分量が多いものの、自身の健康、おいしい食べものの話が渾然一体となっている)、新年号でこの映画がとり上げられ絶讃していたのです。それを読み、アスミック・エースの試写室に駈けつけたという次第です。

 長部さんは、脚本(ロジャー・パルバースとの共同)・監督の小泉堯史さんが、大岡昇平の記録文学「ながい旅」を映画化したその過程についてこう書いています。
 「十数年前にこれを映画にしたいという志を抱いたときから、熟読吟味を重ねて脚本を書いたであろうことが、結果からして疑いを容れない小泉堯史は、原作を十二分に咀嚼して、なおかつ完全に自分の映画に創り上げた」

 なお「新紙ヒコーキ通信」のこの回のタイトルが「傑出した藤田まことの演技」でもわかるように、主演藤田をも手放しで褒めています。

 原さん、この映画は、私の見るところ、筆頭プロデューサー、脚本家兼監督、そして主演俳優の息がぴたりと重なり合ったからこそ傑作となったのだと思います。

 恥ずかしながら、私は原作の「ながい旅」についても、その主人公、東海軍司令官だった岡田資(たすく)陸軍中将についても多くを知りませんでした。個人的感情にとらわれず、客観的に見て正義と思われるものを堂々と主張する人物が、旧陸軍上層部にも存在したのですね。幼少ながらあの戦争を体験した者としては救われた気持になります。
 部下をかばい、責任を一身に背負う岡田中将の態度はまさに武人の鑑にちがいありません。

富司純子(右・岡田夫人) この映画が描いた軍事裁判を通じて提起された問題点のうち、とくに次のふたつが重要だと思われました。その1。アメリカ空軍がおこなった無差別爆撃(軍事目標のない住宅地、一般住民が犠牲になった)は、1923年、ハーグで開かれた戦時法規正委員会のとり決めに明らかに反しているということ。日・米・英・仏・伊・蘭6ヶ国が参加したこの委員会では、爆撃は軍事目標に限るとしていたのですから。
 法廷で検事が岡田中将に広島、長崎も無差別爆撃かと問うと、中将が「もっと悪い」と答える場面には、長部さんも触れています。藤田まことが淡々と演じているだけにかえって強烈なインパクトが感じられました。

 さて、その2は、撃墜されたB29爆撃機からパラシュートで落下したアメリカ兵を略式裁判により斬首処刑にした問題です。なるほど捕虜は、1929年制定のジュネーヴ条約に基づき保護されるべきかもしれないし、略式ではなく正式裁判にかけられるべきであるかもしれません。
 しかし、東海軍司令部のあった名古屋は38回もの空爆に遭い混乱を極めていた。当時の事情から略式は已むを得なかったし、彼等は捕虜ではなく戦争犯罪人だったいうのが中将の主張するところです。その上で自ら一切の責任を引き受けます。
 長部さんの文章からの孫引きですが、大岡昇平さんは「およそ内地方面軍で起った搭乗員処刑事件で、自分の責任であると言ったのは、岡田資中将唯一人である」と書いているそうです。

 原さん、「明日への遺言」は裁判映画としても超一級品です。しかし、それ以上に私たち日本人に改めて誇りを持たせてくれる映画だと思います。残念ながら、ことし1年間、政・官・民各界で起こった数々の不祥事を見渡せば一目瞭然のように、日本はかなり情けない国になってしまいました。日本国民が毅然たる性根をとり戻すためには、この映画を見て岡田中将のような人物が存在したことを心に刻むべきだと思います。
 よくぞ作ってくださいました!

 試写室ではしばしばすすり泣きが洩れ聞こえてきました。法廷での中将と家族の出会い、中将と部下との心暖まる交流など日本人の感傷性に訴える部分もあるので、幅広い観客に受け入れられることでしょう。
 けれども、この映画は見ながら嗚咽する映画ではありません。見ている間は涙をぐっと我慢し、見終ったあと、作品の訴えかけてくるさまざまな重い主題を反芻すべき、そういう映画ではないでしょうか。

 3月1日公開の暁は大ヒットになることを心から願っております。

 12月10日
                                 安倍 寧
 原 正人様

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★『明日(あした)への遺言』

2008年3月1日(土)より 渋谷東急ほか全国松竹・東急系にてロードショー
「明日への遺言」公式URL http://www.ashitahenoyuigon.jp

(C)2007『明日への遺言』製作委員会
配給:アスミック・エース

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★原正人氏のプロフィール

1931年11月18日、埼玉県生まれ。
早稲田大学中退後に今井正、山本薩夫監督などの下で制作、宣伝として第一期独立プロ運動参加。58年古川社長に誘われ日本ヘラルド映画入社、洋画ヒット作を生む傍ら、手塚治虫監督作『千夜一夜物語』(69)、黒澤明監督作『デルス・ウザーラ』(75)など邦楽製作に携わる。81年ヘラルド・エース創立、映画製作、洋画の輸入・配給でミニシアター・ブームの基を作る。95年角川書店と提携、96年社名アスミックと合併、アスミック・エースエンタテインメントとなり代表取締役社長就任。プロデュース作品に黒澤明監督作『乱』(85)、大島渚監督作『戦場のメリークリスマス』(83)、篠田正浩監督作、『瀬戸内少年野球段』(84)、『舞姫』(89)、『写楽』(94)など、森田芳光監督作『失楽園』(97)、季志毅監督作『不夜城』(98)などヒットを連発している。プロデューサー協会賞、日本アカデミー企画賞、藤本賞、仏政府フランス芸術文化勲章オフィシェ(93)、淀川長治賞(01)、他受賞歴多数。著書に「映画プロデューサーが語る“ヒットの哲学”」(日経BP社)がある。

 

18:02 | コメント (0)

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