気紛れDIARY
: 安倍 寧 Official Web Site

久しぶりに本物の歌手に出会い、本物の歌を聞いた。自在に操る声に乗って燃えるような情熱と心に染みる悲哀が、代わるがわるわが胸に押し寄せてくる。生のコンサートで心揺さぶられる思いを味わうのは、絶えてなかったことだ。昔聞いたサラ・ヴォーン、ペギー・リー、ジュリエット・グレコらの顔が思い浮かぶ(10月14日、日比谷公会堂)。
 皆さん、マリーザ(MARIZA)というポルトガルのファド歌手をご存知ですか。知っている人はほんのごく少数だと思う。よほどのファド通しか知らないのではないか。この分野のコアなファンは都内で数百人といわれる。

マリーザの新譜
「マリーザ/テーラ mariza terra」
 私ももちろん知らなかった。聞きながら、えーと、この歌手、なんといったっけとなんどか情けない思いをしたくらい。ただし知らぬは日本だけで欧米での知名度はかなり高いらしい。
 それにしてもなぜマリーザを聞きに行ったのか。ひとつは久しく聞いたことがないファドをたまには聞いてみようかという好奇心から。

 1969年7月、私はいちどだけリスボンを訪れ、名歌手アマリア・ロドリゲスの妹がやっている店で現地のファドを聞いたことがある。狭い石畳の道の脇にある小さな店だった。ああファドというのは暗い情念の魂のような歌だなと思ったものだ。
 ロドリゲスも数回来日している。初回、大阪万博にやって来た際、朧気ながら聞いた記憶が頭の片隅にある。

 今回、この歌手のコンサートに出掛けたのは、彼女を聞き逃したら、今後二度とファドに接する機会など訪れないだろうと思ったからにちがいない。

 二つ目、会場が日比谷公会堂だったから。最近こそ演奏会に使われなくなったが、戦前・戦中・戦後を通じ、昭和30年代半ばぐらいまではクラッシックもジャズも音楽会といえばここだった。東京文化会館が出来るまでは東京には大き目の音楽会場は他に共立講堂ぐらいしかなかったろう。
 渡辺晋とシックス・ジョーズもレニングラード・フィルも小澤征爾指揮の「第九」も、みなこの日比谷公会堂で聞いた。
聴衆としても批評家としても日比谷公会堂は私の“古戦場”である。

 ところで肝心のマリーザである。名前さえ覚束ないくらいだから、歌った歌は、アンコールに英語で歌った「クライ・ミー・ア・リヴァー」以外は一曲も知らない。もちろんそれらのファドはポルトガル語だから、ちんぷんかんぷんである。頼りになるのは英語による簡単な説明だけだった。

 にも関わらず、彼女の歌が私たちの魂を揺すり続けるのはなぜ?第一に一瞬たりとも緩まぬ張りのある声のせいにちがいない。第二はその声を用いての起伏のある歌いぶりか。

 歌の途中で長い休止符をとることがある。歌にいつ戻るのか、こちらは気が気ではない。だが、気がつくといつの間にか戻っている。計算のようにも無計算のようにも思える。勘なのか技巧なのか。私は、計算と無計算の、あるいは勘と技巧の挟間に生じるスリルに、ついはまってしまった。

ファド歌手 マリーザ 容姿もいい。長身、美貌。時には鋭く、時には柔かな視線が私たちを捉えて離さない。
1973年、アフリカ南東部モザンビーク生まれ、父はポルトガル人、母は現地女性、容姿、声、感性すべて混血の賜物と思われる。

 伴奏はギター3、ドラム1、ピアノ兼トランペット1の計5人。最後の1曲はマイクなし、ギター二丁のみで歌ったが、そこにあるのはすべての無駄を削ぎ落した「歌」そのものだった。
「歌」の原型が屹立していると思った瞬間、私の胸のうちに熱いものが込み上げてきた。

 こういう身も心も震えるような出逢いを「一期一会」というのだろう。

 

15:46 | コメント (5)

 大竹しのぶがブロードウェイ・ミュージカル「グレイ・ガーデンズ」(11月7日~12月6日、シアタークリエ)に挑戦します。ひとりふた役で、アメリカの超セレブのレディ(第1幕)とその娘(第2幕)を演じ分けなくてはなりません。しかし、そこは実力、気力、迫力じゅうぶんの彼女のことです。きっと見事な演技と存在感を示してくれることでしょう。
以下は、コミュニティ・マガジン『コモ・レ・バ?』(10/11月号)に掲載した「グレイ・ガーデンズ」をめぐっての小文です。

【ゴミ屋敷に住む奇妙な母と娘のミュージカル】

大竹しのぶ■実在セレブのゴシップが一杯

 橋本治の新作長篇『巡礼』の一頁広告が週刊誌に出ていた。そのキャッチ・コピーに曰く「男はなぜ、ゴミ屋敷の主になったのか?」。これを見た瞬間、「男」を「女」に替えれば、そのまま『グレイ・ガーデンズ』に使えるなというアイディアがひらめいた。

 橋本さんの作品の背景は戦後日本らしい。ブロードウェイ・ミュージカル『グレイ・ガーデンズ』は、第1幕が1941年、第2幕が73年、物語の舞台となるのは全篇を通じてニューヨークの上流階級が相集う高級リゾート地イースト・ハンプトン、ビール家の豪邸である。

 そうそう、『巡礼』のコピーは更にこんなふうに続く。「主人公が最後にすがったのは『ゴミ』という名のな(・)に(・)も(・)の(・)かだった――。」
 これもこの作品にぴったりだ。

 失礼ながら橋本さんの小説は手にもとっていないが、『グレイ・ガーデンズ』ならばブロードウェイで2度見ている。お話の軸となるビール家の母娘が実在人物というので、大いにゴシップ的興味をそそられたし、台本・演出・音楽にあふれるおしゃれな趣向にも心踊らされた。

 一例を挙げると、第1幕が母親イーディスを演じた女優(今回の公演では大竹しのぶ)は、第2幕ではその娘リトル・イディに扮する。時代が41年から73年に移り、その間、32年の歳月が流れているわけで、母娘ともども年齢を重ねている。母と娘には同じ血が流れているのだから、この1人2役に不自然さはない。

 しかし、第1幕の母親役の女優が第2幕で娘の役で登場すると、観客の頭のなかが少し混乱しないでもない。それが芝居を観る楽しみでもあるのだけれど。

草笛光子■笑いを誘い、胸を熱く切なくさせる楽曲の数々

 第1幕でリトル・イディとジョセフ・P・ケディ・Jr.との婚約が破談になるという事件が起こる。このジョセフとはジョン・F・ケネディ大統領の長兄に当たる人物である。そしてケネディ大統領自身、イーディスの姪でリトル・イディのいとこジャクリーンと結婚するのである。彼女こそのちのジャクリーン・ケネディ・オナシスなのはいうまでもない。

 第1幕、しょう洒(しゃ)なたたずまいを見せる社交の場だったグレイ・ガーデンズは、第2幕では廃屋と化し往年の面影はない。しかし、母娘は泰然としてゴミの山のなかに日々を送っている(第2幕で母を演じるのは草笛光子)。その姿を私たちは滑稽と見るか悲惨と見るか?一見不幸であっても、本人たちはしあわせなのかもしれない。大竹と草笛のバトル?ぶりが楽しみだ。

 登場人物たちが切れ目なく歌い継いでいく楽曲(作詞マイケル・コリー、作曲スコット・フランケル)は、お洒落度が高く、流麗さに満ち満ちている。そして、ユーモア感覚とほろ苦さ、哀しみにも――。なかでも母娘が「私たち瓜ふたつね」と歌う「ピーズ・イン・ア・ポッド」をお聴き逃がしなく。

 それにしてもこんな風変わりな実話が、なぜミュージカルになったのか。ひとつには母娘そろって芸能界志望で歌好きなので、劇中で歌い出しても不自然さがないからではないか。日本版演出は宮本亜門。

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★大竹しのぶオフィシャルサイト
http://otake-shinobu.com/

【公演スペック】
ミュージカル 『グレイ・ガーデンズ
[会場] 東京・日比谷シアター・クリエ
[日程] 11月7日~12月6日
[演出] 宮本亜門
[出演] 大竹しのぶ、草笛光子、彩乃かなみ、川久保拓司、デイビッド矢野、吉野圭吾、光枝明彦
[料金] S席11,000円、A席8,500円
[住所] 千代田区有楽町1-2-1
[お問い合わせ] 03-3201-7777 (東宝テレザーブ)

 

11:00 | コメント (0)

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