気紛れDIARY
: 安倍 寧 Official Web Site

ぴあ株式会社・株主向け報告書で同社矢内廣社長と対談しました。矢内さんとは1985年からの友人ですので、大いに話が弾みました。以下、その対談記事をUPします。

■今里廣記さんを通じた出会い

矢内:安倍さんには現在、ぴあ総研の顧問として大変お世話になっているわけですが、最初の出会いは随分前で1985年の1月でしたね。
安倍:その時のことは今でも鮮明に覚えていますよ。銀座の「やま祢」というふぐ屋でした。当時僕は、日本精工会長の今里廣記さんにかわいがっていただいていて、この方に「ぴあ」という雑誌をやっている矢内さんを紹介するからと言われ伺いました。矢内さんは僕が突然現れて驚いたと思います。その時は東宝の松岡功さん、東映の岡田茂さんらがおられましたね。
矢内:当時ぴあでは、今里廣記さん、江戸英雄さん、佐治敬三さん、佐橋滋さんらに相談役になっていただいており、前年の12月に相談役会を開催した時、帰り際今里さんに「正月空けたらご馳走するよ。矢内君が仕事で付き合っている大事な人を連れてきなさい」と言われ、その方たちをお連れしたんです。
安倍:今里さんは、僕がこれまで出会ってきた方の中でもベスト3に入るほど人間的魅力があって包容力のある方でした。日本精工の社長、会長を務められ、芸能にも造詣が深く松竹の社外重役も兼ねられていらっしゃった。
矢内:1985年1月といえば、「チケットぴあ」をスタートして1年と経っていない、ちょうどミュージカルの「キャッツ」が始まって1年を過ぎた頃でした。(注:「チケットぴあ」スタートは1984年4月)
安倍:今里さんのおかげで矢内さんとも知り合えたわけですが、今里さんは若い世代で有望な人材を見つけるとすぐに目をかけ、引き立ててやろうと思うような方でした。矢内さんのほか、演劇プロデューサーの草分けともいわれる吉田史子さん、渡辺プロダクションの渡邊晋さん・美佐さん、ホリプロ創業者の堀威夫さんといった、戦後芸能界で新しい分野を開拓した人たちにも目をかけておられました。松竹会長の永山武臣さんとは彼が演劇部長の頃から後盾になっておられました。寺山修司の新しさもちゃんと理解されておられましたよ。希に見る懐の深い方でした。
矢内:ぴあも幸運なことに、そのような多くの大先輩に支えられてきました。

■「キャッツ」はライブ・エンタテインメント成功の礎

矢内:1983年、劇団四季によって「キャッツ」が上演されたことは、日本の興行界にとってターニングポイントといえる大きな出来事でした。コンテンツはロンドン・ウエスト・エンドから権利を買って持ち込み、会場は新宿に仮設小屋を建てた。またコンピューターでチケットを販売したのも初めてでした。ぴあにとっても「キャッツ」を通じて、短時間で大量にチケットを売ることに成功し、「チケットぴあ」の良いスタートが切れたわけです。
安倍:1983年~84年当時の演劇界はまだ劇場が少なく、主な劇場は興行資本の傘下にありました。したがって「キャッツ」がすばらしいミュージカルだとわかっていても劇場がない。「キャッツ」は収支を考えると、舞台装置、衣装などにお金がかかり1~2ヶ月では到底回収できないため、ロングランでやる必要がありました。しかし当時は劇場を1年も借りることは不可能です。それならば、新宿に仮設小屋を建ててしまおうという発想になったわけです。浅利慶太さんによる一種の演劇革命です。こういう発想は興行資本側からは出てこなかったのです。
もう一つの大きな問題は、チケットをどう売るかということ。当時、僕が知っている限りでは、興行のチケットは、劇場の窓口か東京に数店舗あったプレイガイド、あとは後援会か役者の手売りでしょうか。
矢内:そうですね。例えば、八王子に住んでいる方がチケットを買おうと思い、新宿のプレイガイドに出かける。長時間かけて新宿のAというプレイガイドに行ってチケットを買おうと思ったら売り切れていた。諦めて帰って行くわけです。ところが同じ新宿のBというプレイガイドではまだ売っていた、そういう不便な状況がありました。
 僕が「ぴあ」という雑誌を始めたのは、一人でも多くの方に良い芝居、映画を観てもらいたいという思いからで、それは途中までは実現できていたのかもしれませんが、チケットを買うという行為を経なければ、現実にはその方たちは観ることができません。買い方もよくわからないし、先ほど言ったような不便な状況もあって、それを便利な仕組みに変えることができれば、興行マーケットの裾野も広がり、お客様も劇場に行きやすくなるはずだという思いから「チケットぴあ」をスタートしました。

■「キャッツ」の流れを引き継いだ「ブルーマン」

安倍:「キャッツ」の成功はまずその独特のコンテンツが魅力だったと思います。単なる芝居やミュージカルではなく、良い意味で一種の“見世物”でした。ですが、原作はノーベル文学賞受賞者で20世紀の大詩人、T.S.エリオットによる子どものための連作詩なので、文学的な要素も強いわけです。劇場、コンテンツ、そしてコンピューターによるチケッティングシステム、全てが新機軸でぴったりと合致したんですね。それにフジサンケイグループが全面的に応援してくれたこと、味の素がスポンサーに付いてくれたこともあずかって大きな力となりました。テレビの事業局が演劇に関係するのは今ではごくごく当たり前ですが、「キャッツ」はそのパイオニア的演目でした。
矢内:ライブ・エンタテインメントを支える構成要素は4つあると思います。エンタテインメントそのものである「コンテンツ」、「会場」、マス・メディアやインターネットを活用したプロモーションという意味での「情報」、そしてそれらをつなぐ「チケッティング」です。「キャッツ」が上演されたのが1983年。ちょうどその頃から4つの構成要素がインフラとして整備されていったのだと思います。
 「キャッツ」の次のターニングポイントは1993年のJリーグのスタート。それまでプロのスポーツは野球や相撲くらいで、サッカーというのはプロの市場がなかった。初年度あれほどうまく立ち上がった理由として、コンピューターでチケットを売る仕組みがあったということは、1つの要素としてあったと思います。初年度で400万枚を売りましたから。最近では安倍さんがエグゼクティブ・プロデューサーを務め大成功を収めた「ブルーマン」。これもまさに4つの要素が見事に連携していましたね。
安倍:専用劇場を建て、ロングランで公演を行ったということでは方式は「キャッツ」と同じです。大きく違うのは、スタッフ・キャストを丸ごとアメリカから呼んだこと。本場から呼んだ一流のメンバーで2年間のロングラン公演ができたのは、非常に画期的なことだったと思います。また、「ブルーマン」が優れているのは、この特異なコンテンツを創り出した3人(初期のニューヨーク公演では自ら青塗りして出演していました)があのパフォーマンスの中にやりたいこと、言いたいことなど自らの哲学を全て盛り込んでいる点です。「ブルーマン」のテーマは、現代においてもっとも必要なのはコミュニケーションであり、そのコミュニケーションを取ることがいかに難しいかということ。彼らは出演者に口をきかないという手かせ足かせをはめることで、その難しさを表現しています。並んで太鼓を叩くことからしてどのように叩けば横の人とうまくコミュニケーションが取れるのか、それを示唆しています。パイプもまたコミュニケーションの象徴になっているのです。
おかげ様で「ブルーマン」は大勢のお客様に観ていただきましたが、今までにないジャンルの“見世物”だったので、それをどうアピールしていこうか最初はかなり苦労しました。コメディでもロック・コンサートでもサーカスでもないですからね。それで私が“超エンタメ”という新造語をひねり出したのです。ぴあさんにはプロモーションやチケッティングでお世話になっただけでなく出資もお願いしましたが、原資プラス・アルファでお戻しできる予定です。

■エンタテインメントの根源はライブ

安倍:ところで、あらゆるエンタテインメントの根源はライブだと思います。芸能界がどういう状況になったとしてもライブ・エンタテインメントはなくならないでしょう。複製芸術の場合は、テクノロジーが進歩するに伴い、ソフトウェアがハードウェアに振り回されるということがままあります。音楽でいえば、19世紀は全てライブだったわけですが、そこへレコードが登場し、SP、LP、EP盤と進化し、カセット、CD、MD、DVDと変化を遂げました。映画も、初めはサイレント、それからトーキー、カラー、シネマスコープ、ビスタビジョン、最近の3Dへと進化し続けています。演劇やコンサートでも、テクノロジーの進化に伴って演出その他変わる部分が出てくるでしょうが、板の上1枚でやるということでは変わりませんからね。
矢内:日本では小泉内閣の「知財立国宣言」以降、国をあげてコンテンツ産業の振興に取り組んでおり、日本のアニメやゲームソフトが海外に輸出されるケースも多くなっています。しかし、CDもDVDもゲームソフトもそれらはあくまでも複製品です。そこに注目するのはそれはそれで良いのですが、その手前にオリジンのもの、つまりライブがある。ライブ・エンタテインメントをきちんと振興していかなければ複製のコンテンツも振興していかない、ライブに力を入れるべきだ、と経団連の集まりでも提案してきました。
安倍:それは非常に良いことですね。最近の若い世代はスポーツ等もテレビで観ていて、生の臨場感を知らない人が多い。
矢内:逆にいえば、ライブの希少価値がますます高まってきているということですね。

■欠かせないのは人材の育成

矢内:ライブ・エンタテインメントがもっとも進んでいるアメリカと比較してみると、アメリカの市場は日本の約3倍の規模。これを国民1人当たりで比較すると約1.4倍の格差となります。日本と違って地方の問題や教育のシステム、ジャーナリズム、批評環境等が関係していると思います。
安倍:日本でも自治体がそのような意識を持つようになったので、全国に公共施設を作ったわけです。いわゆる“ハコモノ行政”ですが、問題はその施設が多目的ホールであって、使い勝手が悪いこと。そして、それを運営する人間がいないこと。これは一朝一夕には、解決できない問題です。
矢内:ホールマネジメントをできる人がいないんですね。お客の出し入れを管理するだけではなく、この劇場・ホールは市民のために何をしようとしているのかというコンセプト作りから始まり、それに合った演目は何なのかという企画まで考えられるような人が必要です。
安倍:いわゆるプロデューサーですが、そういった人をどのようにして養成していくのかが、大きな問題です。欧米にはそのための学校がちゃんとあります。ロンドンの王立演劇アカデミーとかね。日本でもそのような学科を設けている大学が徐々に増えてきていますが、今度は就職させるのが大変なんですね。美術館にはキュレーター(美術館・博物館などで企画・運営に携わる専門職)という職業があって、大学の美術史学科を出た人の就職先が一応ありますが、演劇、映画はそこまで受け皿が整っていません。
矢内:プロデューサーがどういう仕事を意味しているのか、またその重要性さえ知らない人が多いと思います。プロデューサーを育てなければ、エンタテインメントはもちろん、文化・芸術が振興していかないのです。
安倍:矢内さんには、そういう人材の育成も含めてライブ・エンタテインメントのインフラ作りを大いにやってほしいと思います。
矢内:日本のエンタテインメント産業のさらなる振興には、やらなければならないことがまだまだたくさんありますね。おそらく今の日本には、安倍さんのように芸能史を語ることができる人はもういないのではないかと思います。そこには学ぶべきことがたくさんあるわけで、この対談を通じて非常に良い勉強をさせていただきました。本日はありがとうございました。

 

16:23 | コメント (0)

“スペクタクル・ミュージカル・アドベンチャー”と来ましたか。帝劇で上演中の『パイレート・クィーン』のサブタイトルです。端的に日本初演のこの舞台を要約しているな、ほとほと感心してしまいました。以下はコミュニティ・マガジン『コモ・レ・バ』に寄稿した小文です。舞台の仕上がりについては見てのお楽しみということで---。

保坂知寿、山口祐一郎、涼風真世ミュージカルは〝時代物〟に限る

『オペラ座の怪人』と『レ・ミゼラブル』など超ヒット作を手掛けた大物中の大物プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが、私にこんな打ち明け話をしてくれたことがある。
「ミュージカルは〝時代物〟に限る。現代物は避けるに越したことはない」
 あれは1996年3月、ロンドンの彼の事務所でのことだったと記憶する。なぜ日付や場所まで鮮明に覚えているかというと、キャメロンが、時代物も時代物の『マーティン・ゲア』の準備に忙しいときだったからだ。ちなみにこの作品の背景は16世紀のフランスで起こった宗教戦争で、登場人物は出陣したある兵士とその妻などであった。
「〝時代物〟だとね、作る側が題材と客観的に向き合える。現代物は観客が衣裳がどうのとかケチをつけやすいしね」
 そういえば『オペラ座』も『レ・ミゼ』もこれ以上ない時代物にちがいない。
 09年11~12月、東京・帝劇、10年正月、大阪・梅芸メインホールで上演される『パイレート・クィーン』は、16世紀のアイルランドで〝海賊の女王〟と謳われたグレイス・オマリー(保坂知寿)がヒロインの物語である。男勝りの彼女は強敵イングランド相手に一歩も引かない。もちろん活劇の見せ場たっぷりあり。かたわら、彼女をはさんで恋人ティアナン(山口祐一郎)、父親(今井清隆)の命令で結婚させられた夫ドーナル(宮川浩)との恋の鞘当ても繰り広げられる。
 更にはイングランドの本物の女王エリザベス一世(涼風真世)まで登場する。王冠を戴く女王と無冠のパイレート・クィーンの戦いでもあるのだ。イングランドとアイルランドとの対立は、きのうやきょう始まったものではないという歴史的事実を改めて突きつけられることになる。

スケールが大きくドラマチックな楽曲

 ところでアイルランドといえばアイリッシュ・ダンスである。ずらり並んだダンサーたちがいっせいにあの独特の足さばきを披露するときの、ぞくぞく感といったら、他に例がない。今回の公演には本場のダンサーたちが参加し、ダンス場面を盛り上げてくれるという。そもそもアイリッシュ・ダンスを世界中に広めたのは、日本にもなんどもやって来ている『リヴァーダンス』だが、このショウのプロデューサーが『パイレート・クィーン』に一枚噛んでいると聞いて、思わずなるほどねと頷いてしまった。
 作詞アラン・ブーブリル、作曲クロード=ミッシェル・シューンベルクは、『レ・ミゼ』
『ミス・サイゴン』『マーティン・ゲア』の名コンビで、ミュージカルのツボを知り尽くしている作り手たちである。初めて帝劇の看板を背負って立つ保坂知寿に楽曲の歌い心地をたずねたら、「スケールが大きくドラマチックです。演じる女性の心情をとてもよく表しています」といっていた。
 作曲のクロード=ミッシェルは、十二音音楽の始祖、かのアーノルド・シューンベルク同様ウクライナにルーツを持つユダヤ系である。もちろん、頭の痛くなるような現代音楽を書くことはしない。

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★スペクタクル・ミュージカル・アドベンチャー『パイレート・クィーン

東京・帝劇にて11月28日~12月25日
演出:山田和也/翻訳:吉田美枝/訳詞:竜真知子/装置:松井るみ/衣裳:小峰リリー/出演:保坂知寿(写真左)、山口祐一郎(写真中央)、涼風真世(写真右)、今井清隆、宮川浩、石川禅
料金:S席13,000円、A席8,000円、B席4,000円
〔住〕千代田区丸の内3-1-1
〔問〕03-3201-7777(東宝テレザーブ)

 

13:03 | コメント (0)

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