気紛れDIARY
: 安倍 寧 Official Web Site

 シャンソン歌手サルヴァトーレ・アダモが4年ぶりにやってきた。若い世代には無縁かも知れないが、「サン・トワ・マミー」「雪が降る」など往年の名曲は、今なお世界中で愛され続けている。

 1943年10月31日生まれ、もうじき67歳になる。しかし若々しい。ステージで飛んだりはねたり。ハスキー気味の低音を響かせるかと思うと、鋭い金属音のような高音でシャウトする。

 いわゆるシンガー・ソング・ライターのはしりで、全曲、詞も曲も自作である。しかし自作自演だからといって、自己陶酔のそぶりはこれっぽっちもない。

 さすが客席はオールド・ファン、とくに女性ファンが多かった。ステージに駈け寄り花束を差し出す女性たちは五十代以上が圧倒的のように見受けられた。まるでシャンソン歌手版の杉良太郎、松平健みたい。これはこれで嬉しく微笑ましい現象ではなかろうか。

 字幕付きなので歌詞の内容がよくわかり、有り難かった。(10月16日、オーチャードホールにて所見)

 なお、ついでながら以下に、今回の“Salvatore Adamo Japon2010 ”のパンフレットに執筆した原稿を再録しておきます。ご参考まで。

----------------------------------------------------------
サルヴァトーレ・アダモと越路吹雪の不思議な縁(えにし)
----------------------------------------------------------
              
 今でも忘れないツーショット、サルヴァトーレ・アダモと越路吹雪が「サン・トワ・マミー」をデュエットしたときの光景である。

 1967年6月、アダモが初来日した折、ういういしいこの青年歌手のために、大輪の薔薇と見まがうばかりの越路が駈けつけ、文字通り花を添えたのである。

 私がしかとこの目でふたりが寄り添うようにして歌う姿を見たのは、今はない大手町・サンケイホールでのことで、そのすべての有り様を、43年以上たった今もくっきりと脳裡に甦らすことができる。

 あの時、「ラスト・ダンスは私に」「サン・トワ・マミー」などのヒット曲で人気絶頂だった越路は43歳。イヴ・サンローランのオートクチュールがよく似合い、すでに臈たけた貴婦人の趣があった。一方、アダモは23歳の青年で、貫祿の点では見劣りするものの、それをカバーする若さとエネルギーで精いっぱい拮抗していた。

 年齢差と芸歴から来るアンバランスさが一種の滑稽味をかもし出し、むしろ微笑ましく思えなくもなかった。

 歌いぶりも、越路は茶目っ気を交えたいつもの余裕たっぷりのペース、アダモは自作の曲を自分で歌うというのに、やや遠慮がちな風情さえ見掛けられた。歌に見られたこの微妙な落差もまた、微笑ましさを無計算のうちに演出する一因となったのかもしれない。

 客席の歓声に応え、幕を割り手に手をとり合って再登場したときの、ふたりの姿の愛らしく可愛らしかったこと。そのときには年齢差はどこかに吹き飛んでいた。膝を深々と折ってお辞儀をする越路、その横に立ち拍手を贈るアダモ、私にとってはきのうの出来事のような鮮烈な思い出である。

 実はアダモの初来日公演におけるふたりの共演は、当初はまったく計画されていなかった。切符の売れゆきが今ひとつ伸びなかったため、招聘元が急遽思いつき、越路を説得しての特別イベントだったと、私は聞いている。しかし、越路特別出演の効果は絶大で、発表されるや、あまっていた入場券は瞬く間に売り切れてしまったそうだ。

 越路がアダモ作詞作曲の「サン・トワ・マミー」をレコード吹き込みしたのは、初来日より3年前の1964年のことである。アダモ自身によるフランス語のシングル盤がヨーロッパで発売され、大ヒットとなったのは、その前年の63年だった。実際に吹き込んだのはそれよりもっと前の彼が18歳半ばのことだという。

 今、改めてアダモのオリジナル盤を聞くと、どこか生真面目というか生硬な感じがする。その硬さがひたむきさに通じ、恋人に去られた失意の少年というイメージが描き出されていると思えなくもない。

 一方、越路のほうを聞いてみると、独特のコケティッシュさがあって、見事おとなの歌になっている。日本的な湿り気をふっ切ったようなやや男っぽいコケットリーは、もしかすると宝塚時代の男役の体験にルーツがあるのかもしれない。

 日本でこそ越路の「サン・トワ・マミー」がアダモ人気の露払いのような役割を果たしたが、そもそもこの曲自体とアダモの歌いぶりには、一種の愛嬌というか親しみやすさが込められていることを見逃してはなるまい。

 軽妙なリズム感がまた心地よく、歌詞の内容からしてつい感傷的になりがちなところを巧妙にかわしている。

 私の手元に「越路吹雪アダモを歌う」というLPがある。「雪が降る」「サン・トワ・マミー」「ろくでなし」など全12曲が収めれている。ご両人がいかに相性がよかったかを物語るアルバムである。

 アダモ自身、「越路吹雪さんのお蔭でぼくの名前が日本でも知られるようになりました」(06年、来日の際のパンフレット)と越路との縁を大切にしている。

 私は、アダモと越路の共通性はもしかすると一種の無国籍性ではないかと考える。アダモは、イタリア・シシリー島で生まれた。「雪が降る」はふるさとのメロディーに拠っているという。3歳でベルギーに移住し、今も同国籍。それでいながらフランス語で歌うシャンソン歌手なのである。

 越路吹雪も大半のレパートリーは、エディット・ピアフ、シャルル・デュモン、アダモとシャンソン中心ながら、ブロードウェイ・ミュージカル日本版の主演女優としても存在感を示した。歌謡曲だけは向かなかったが、むしろそれだからこそコスモポリタン的歌手(あるいは女優)といえるかもしれない。

 それにしても、アダモにとって越路というふたりといない格好の媒介者(interprete)に巡り逢えたことはすこぶる幸運なことだった。そう、同時に岩谷時子という越路の座付き作詞家を得たことも--。もちろん「雪が降る」の名訳をものした安井かずみの名前も書き落としてはなるまい。

 1980年11月、越路がこの世を去ったとき、日本に来合わせていたアダモは、中野・宝仙寺の葬儀に参列した。予期せぬ彼の登場に仰天しながらも、岩谷さんは、深々と頭を下げる本人を前にして思わずメルシーとつぶやいたという。「わたしが生涯ただいちど口にしたフランス語よ」と彼女はいっていた。

 これは私がアダモから直接聞いた話。
 「越路さんの亡くなったあとの日本公演で、舞台のうしろに彼女の写真を飾ったことがある。あるとき、その額ががたっと落ちかかってきた。さあ、もういちどデュエットしましょうよという意思表示みたいでね」

 最後にお粗末な駄洒落ひとつ。ワイン好きの間でよく知られるジョークである。「ドイツ・ワインと掛けて越路吹雪と解く、そのココロは酸と甘味(サン・トワ・マミー)」。

 ことし夏、初めてシシリー島を訪れ、この地には酸と甘味のバランスがほどよい上質の白ワインが産することを知ったので、「シシリー・ワインと掛けてアダモと解く……」でもいいかなと思ったりしている。

 もっとも、昨今のアダモの「ザンジバル」などを聞くと、年齢からくるタンニン(苦味)が滲み出ていて、その深い味わいに溜め息をつきたくなるけれど……。

 

15:02 | コメント (3)

« 2010年09月 | メイン | 2010年11月 »