BIRD'S EYE
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美空ひばりゆかりの
新宿コマ劇場の灯が消える……

2008年06月09日

 

 半世紀以上の歴史を持つ新宿コマ劇場が、ことし一杯で閉館することが決まった。いずれ、とり壊しになり、新しいビルが建つことになるのだろう。そのときそのなかに劇場ができるのか、できないのか?

 

年内で姿を消す新宿コマ劇場 大阪・梅田、東京・新宿とふたつのコマ劇場は、一代で阪急コンツェルンを築いた小林一三氏最後の壮大なプロジェクトだった。巨大なコマを連想させる3層のせりと回り舞台が東西コマの売りものだったが、この大規模な機構そのものを発想したのが、小林氏だったのである。

 西のコマは梅田芸術劇場として健在だが、東のコマの閉館は時代の移り変わりを象徴するような出来事で、オープニングからこの劇場を知る身としては一抹の淋しさを覚えずにいられない。

 新宿コマというと演歌のスター歌手たちの座長公演がすぐに頭に浮ぶ。年に1回、ここで座長をつとめた演歌々手のうちやはり重鎮?は北島三郎だろう。なんと39年間、座長を張り続けたというのだから、彼のホームグラウンドといっても云い過ぎではあるまい。

 しかし、新宿コマに“演歌の殿堂”としての決定的イメージをもたらしたのは、美空ひばりである。切符が飛ぶように売れたという点ではひばりを超えるスター歌手は存在しない。

 それだけに、コマのひばり公演にはさまざまなエピソードが残されている。彼女の劇場入り、帰り際には、連日、支配人以下主だった社員が楽屋口に一列に並んでうやうやしく頭を下げ、ひとりでも欠席者がいると“女王”が機嫌を損ねたというのも、そのひとつ。社長だった故酒井肇氏から聞いたエピソードである。

 母喜美枝さんが、全公演を1回も欠かさず照明室から見ていて、本人への助言やらスタッフへのだめ出しをおこなったという逸話も、さもありなんと思わせる。

 ひばりと肩を並べる“3人娘”のひとり江利チエミがミュージカル「アニーよ銃をとれ」で評判をとったのも、ここの舞台だったし、ブロードウェイ・ミュージカル日本版ということでは坂本九主演「努力しないで出世する法」も忘れがたい。

 記憶に新しいところでは、アミューズ会長だった大里洋吉氏が、コマ再生に乗り出し、ロンドンのヒット舞台「WE WILL ROCK YOU」の招聘公演を手掛けるなど新機軸をうち出した一時期もあった。しかし、これも結果的には不発だった。

 フーゾクの街になり果ててしまった歌舞伎町では、健全が看板のエンターテインメントがなり立たなくなって当然である。

 

2008年06月09日 00:00

コメント

変わりゆく街やショウビズを見てきた先生。

時々、話してくれる瞬間が僕の栄養剤です。

一言で言うと、玉手箱!

コバンザメみたいですが、これからも宜しくお願いします。

これからも、変わりゆく街、ショウビズ
そして、僕の成長も見ていて下さいませ。

CITY

投稿者 CITY : 2008年06月09日 19:38

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