気紛れDIARY
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「SUKIYAKI」大ヒットの裏に

2005年08月10日

 

真夜中、聞くともなくRosemary Clooneyのスタンダード・ジャズ・ヴォーカルを聞いていたら、突然ぐらぐらときました。すぐさまテレビをつける。こういうときはやはりNHKですね。しばらくして震源地は神奈川県沖、神奈川・東京でマグニチュード3〜4と出ました。8月7日午前1時5分の出来事です。その時放映されていた番組は「坂本九・上を向いて歩こう/世界的ヒット誕生秘話」というドキュメンタリーものだったんですが、地震がきっかけでそれから約1時間、充実した内容に引かれ、とうとう、おしまいまで見てしまいました。

 

「上を向いて歩こう」が「Sukiyaki」の題名で全米ヒットNo.1になったのは1963年のことです。実はアメリカで大ヒットする前にイギリスでレコーディングされているんです。歌なしのインストゥルメンタル。演奏したのはトランペット奏者Kenny Ball率いるデキシーランド・ジャズ・バンド。番組のなかにホステス役、九ちゃんの次女・舞子さんがこのジャズマンを訪ねる場面があったんですが、時空を超えたふたりの出会いが、実にハートウォーミングで、思わず引き込まれてしまいました。

このご対面のなかでKenny Ballが明らかにしたところによると、「スキヤキ」と名づけたのは、往年の人気歌手Petura Clarkなんですってね。ふたりがロンドンの中国料理店で食事をしたとき、Kennyが「こんど日本の曲を吹込むことになった。」というと、Peturaが即座に「スキヤキ」というタイトルを提案してくれたんだそうです。Peturaの大ヒット「Down Town」は1964年ですから、多分それ以前の話でしょう。

この番組では、ほかにもいくつかの知られざる事実が紹介されていました。 なかでも面白かったのは、KORDというラジオ局のDJ、Richie Osborneという人が明かしたとっておきの秘話です。このDJこそアメリカで初めて坂本九の「上を向いて歩こう」を電波に乗せた人物なんですが、そのときはまだアメリカ盤は発売されていませんでした。彼は日本盤でオンエアしているんです。たちまち大きな反響があったんで、キャピトルに是非、アメリカでも発売するよう強く働きかけたというんです。なぜキャピトルか?「上を向いて歩こう」の日本での発売元・東芝音楽工業(現、東芝EMI)と提携していたからです。

ところで、このDJが「上を向いて歩こう」のレコードを入手したいきさつが、また興味深い。あるリスナーが日本のペンフレンドからElvis Presleyのレコードと交換にもらい、それを局に届けてきたらしいんですね。ゴールド・ディスクの裏側にはいろんなエピソードが隠されているものだと、先ほどの地震を忘れ、深夜ひとりで感心してしまいました。

8月12日は、九ちゃんの祥月命日です。改めてご冥福をお祈り致します。

★1963年夏、「スキヤキ」大ヒットの折、キャンペーンのため渡米することになった九ちゃんについて、週刊朝日の同年8月9日号にインタビュー記事を書いています。古いコラムですが、当時の状況を知る一端になると思います。

 

2005年08月10日 10:52

コメント

HP開設御目出度うございます。

プレスリーと九さんのレコード交換!
しかもその皿をプレイしたDJ!そして大ヒット!!
元・プロモーターの私としてはワクワクするエピソードです。

これからも素敵なお話、楽しみにしております。

投稿者 Sean : 2005年08月11日 13:11

お疲れ様です。
旧アクシヴで何かと御一緒させていただいた猪野です。
楽しそうなので覗かせていただきました!!

実は坂本九さんのこの曲を作った音楽ディレクターは「武藤」さんといって、日本音楽史にとても貴重な仕事を数々と残している方です。と、同時に僕の元上司です。かなり年は離れていますが(笑)。今でも一線で活躍されています。
そして光栄なことに私も少しその遺伝子を分けていただいております。日本人で「唯一」ビルボードの一位を獲得した音楽ディレクターということになります。

武藤さんは、他にも寺尾聡の「ルビーの指輪」やオフコースの全作品。当然小田和正のソロ活動にも携わっています。
安倍さんが覚えているか分かりませんが、グループ改革時における「クリエイティヴベースドカンパニー会議」で僕が提出した「日本のレーベルの現状」レポートを書く際にインタビューに応じてくれた「斉藤さん」・・・安倍さんはこのレポートは面白い!と僕に言ってくれました。お忘れと思いますが(笑)・・・は当時坂本九さんの東芝レーベルのアーティスト担当者であり、武藤さんと斉藤さんは今でも毎年坂本さんの命日には必ずお墓参りをしています。何よりあの墜落事故の時にあの現場へ誰よりも先に家族と共に駆けつけ、マスコミから、葬儀、その後の九さん家族のケアまで全てに渡って東芝サイドで指揮をとった人です。
ちなみに彼等は現ドリーミュージック副社長、新田さんの本部でした。

その偉大なる二人の先輩がある新人アーティストを送り出す編成会議のときに、その過激な音楽性故に全ての営業、宣伝から批判を浴びる形になりました。その際、武藤さんが僕等に淡々と諭す様に言った言葉は今でも忘れられません。

「全ての制作には尊厳がある」

この言葉は、後に武藤さんのような仕事、立場に立ったときに何よりも思い出され、且つ僕にとって今でも大事に響いている大切な言葉です。

投稿者 猪野秀碧 : 2005年08月11日 13:34

ホームページ開設、おめでとうございます。
今、ショウビジネスの表と裏を描かれた先生の原稿をまとめさせたいただく仕事の途中でのぞかせていただきました。
私も偶然、この番組を拝見いたしました。お嬢様ならではの、関係者との心温まるコミュニケーションが印象的でしたね。
海外出張先の懇親会の席上、一曲と請われたとき、同僚が迷わず「世界の人に愛されている『スキヤキ』にしよう!」と言ったことを思い出しました。
ショウビジネスの舞台裏にも表以上のドラマがあることを、一人でも多くの皆様にお伝えできるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願い致します。

投稿者 日之出出版 書籍編集担当 : 2005年08月18日 22:36

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