気紛れDIARY
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追悼・三木たかしさん
対談 浅利慶太×安倍 寧

2009年06月10日

 

 5月11日、作曲家三木たかしさんが亡くなられました。流行歌の世界でのヒット・メーカーぶりについては改めて申すまでもありませんが、他にミュージカル作曲家としての側面もありました。とくに劇団四季の創作ミュージカルでは欠かせない存在だったといえましょう。以下は劇団四季代表で演出家の浅利慶太さんと私による追悼対談です。
 なお、この対談は、「ミュージカル李香蘭」(6月6日~21日、四季劇場[秋])「ミュージカル異国の丘」(6月27日~7月5日、同劇場)の再演パンフレットからの再録です。

 

「ミュージカル李香蘭」より
撮影:上原タカシ
安倍 そもそも三木たかしさんが劇団四季と係り合うようになったきっかけは、東芝EMIで越路吹雪のディレクターをしていて、四季の音楽監督でもあった渋谷森久さんだったね。

浅利 『ジーザス・クライスト=スーパースター』を新しく演出し直す際に、アンドリュー・ロイド=ウェバーの音楽の編曲を、渋谷さんの紹介で三木ちゃんがやってくれた。

安倍 彼はロイド=ウェバーから影響を受けたようで、あとあとまで「オリジナルを書こうと思っても、頭の中でロイド=ウェバーが鳴っちゃって、どうにもならない。追い出すのに苦労してる」と言ってた。元々ミュージカルには興味があったようで、若い頃ニューヨークに渡っていろいろと勉強した時期もある。

浅利 だから、演歌、歌謡曲だけじゃなく、幅広いジャンルの曲が書けたんだね。しかも、彼ほど心に残る、美しいメロディーを書く作曲家はいないと思う。僕は、いずみたくや三木たかしという、メロディーを持った作曲家と仕事ができて幸せだった。

安倍 いや、あなただけじゃなく、四季にとっても、観客にとっても幸せだったんじゃないかな。

浅利 四季のオリジナルミュージカルが、これほどお客様に愛されているのは、三木ちゃんの音楽の力が大きいね。

【演歌嫌い】

浅利 読売新聞の「編集手帳」に出た三木ちゃんの追悼文を読んだら、彼は演歌が嫌いだったと書いてあった。何故かと言うと、演歌が後ろから自分を引っ張って、なかなか決別できないからだと。それはやはり、日本の演歌を代表する曲を書いた人だから言えることだね。

安倍 あなたから聞いたと思うのだけれど、皇太子殿下が「津軽海峡・冬景色」がお好きで、カラオケで歌われることもあるとか。『李香蘭』をご覧になられた折に、「作曲は三木たかしさん」と申し上げたら、「ああ、『津軽海峡・冬景色』の」と即答なされた。演歌の大作曲家で、一国の皇太子殿下が口ずさむほどの名曲まで残していたけれど、どこかで演歌を吹っ切りたいという想いがあったんだろうね。

浅利 そういう意味では、ミュージカルの音楽を書いて、三木ちゃんも幸せだったんじゃないかな。

「夢から醒めた夢」より
撮影:上原タカシ
【四季ミュージカルと三木さん】

安倍 三木さんが四季に書いてくれた作品では、何が一番好き?

浅利 すべてだね。どの作品にも思い入れがあって、決められない。彼が曲を先に書いて、僕がそれに歌詞をつけるというケースが多かった。ミュージカル創りには、「メロ先」という手法があってね。重要ナンバーをどう創るか、作曲家と作詞家の間でまず打合せをする。普通は詞に曲をつけるというのが一般的だけれど、僕と三木ちゃんの場合、彼がメロディーの作曲を先行させ、後で僕が場面のイメージに従い作詞するというケースがかなりあった。確か『異国の丘』の時だったと思うけど、僕がミラノのスカラ座で『トゥーランドット』演出の仕事をしていた時、部屋にどっさり彼からの新しい譜面が送られてきて、毎日の稽古から帰っては、必死に作詞をしたことを懐かしく思い出す。

安倍 『異国の丘』といえば、三木さんは亡き吉田正さんを師と仰いでいた。吉田さんも彼のことを可愛がっていた。だから、「異国の丘」という吉田さんの代表作を劇中に使い、題名もそれにあやかったこのミュージカルに賭ける三木さんの意気込みは、凄まじかったんだろうね。

浅利 幕開きの「明日への祈り」のメロディーは、「吉田さんが僕に書かせてくれた」と、三木ちゃんは言ってたね。

安倍 三木さんは遠慮して、あなたには直接言わなかったかもしれないけど、あなたに曲の書き直しを命じられて、その度に徹夜になって、まるで苛められてるようだったって笑いながら話してたよ。でも、それがやり甲斐があってまた楽しいとも。何度もチャレンジするのがね。

浅利 一心同体で仕事をした。だから、彼とは新しいミュージカルをもっともっと一緒に創りたかったな。まさかこんなに早く旅立つとは思っていませんでした。

安倍 ミュージカル作曲家としての可能性をまだまだ沢山秘めていたのに――。

浅利 ……涙、だね。

安倍 まったく……。

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三木たかし
撮影:荒井健
★みき・たかし
一九四五年一月十二日東京都生まれ。作曲家・船村徹、小野満に師事し、歌・作曲・編曲を学ぶ。五九年よりアレンジャーとしての活動を始め、六七年「恋はハートで」(泉アキ)で作曲家デビュー。石川さゆり「津軽海峡・冬景色」(七七年)、テレサ・テン「つぐない」(八四年)などのヒット曲を連発する傍ら、ミュージカルの創作にも進出。劇団四季オリジナルミュージカルの代表作のほとんどを手掛けた。〇五年紫綬褒章受章。


【三木たかしさん作曲・編曲による劇団四季の上演作品】

初演上演年 / 公演名 / 備考
1976 / ジーザス・クライスト=スーパースター(エルサレム・バージョン)/ 編曲
1977 / ユタとふしぎな仲間たち(※1)/ 作曲
1977 / わが青春の北壁 / 作・編曲
1984 / ユタ-座敷わらしと少年の不思議なミュージカル(※1)/ 作曲
1985 / ドリーミング(※2)/ 作曲
1987 / 夢からさめた夢 / 作曲
1988 / 35ステップス Singing&Dancing / 編曲
1988 / 新・はだかの王様 / 作曲
1988 / 夢から醒めた夢 / 作曲
1989 / ユタと不思議な仲間たち(※1)/ 作曲
1991 / ミュージカル李香蘭 / 作曲
1992 / ジョン万次郎の夢 / 作曲
1993 / 夢から醒めた夢(改作)/ 作曲
2001 / ミュージカル異国の丘 / 作曲
2003 / 青い鳥(※2)/ 作曲
2004 / ミュージカル南十字星 / 作曲

※1=同一公演。曲目に変更点がございます。
※2=同一公演。一部を三木さんが手掛けていらっしゃいます。

★劇団四季ホームページ
http://www.shiki.gr.jp/main.html

 

2009年06月10日 11:00

コメント

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投稿者 SickSpouppy : 2013年11月01日 16:34

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