PROFILE
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安倍 寧

2007年10月12日

 

1933年(昭和8年)5月21日生まれ。いわゆる昭和1桁世代。太平洋戦争勃発時、小学校2年生、敗戦時同6年生だった。
戦後、進駐軍放送から流れ出るジャズ、アメリカン・ポップス、それと次々公開されるハリウッド映画から多大の影響を受ける。
エンターテインメント体験の原点は、高校生(都立日比谷高校)のころ、せっせと通った日劇のレヴュウだろうか。同級生で同じく熱心なNDT(日劇ダンシング・チーム)ファンには斎藤明(のちに毎日新聞社長)、竹山裕(のちに参議院議員)らがいた。
第1回帝劇コミック・オペラ「モルガンお雪」で越路吹雪を見て、その大輪の薔薇のような魅力のとりこになったのも、そのころ(正確には51年2月)のこと。

なお、日比谷の同級生には故江藤淳(文芸評論家)、旗照夫(ジャズ歌手)、篠澤秀夫(フランス文学者)、故若王子信行(三井物産マニラ支店長)らがいる。

51年4月、慶應義塾大学文学部進学、浅利慶太と出会う。
ショウ・ビジネスとの係わり合いは、4年生のとき、日本のポピュラー音楽、レヴュウについて新聞・雑誌に寄稿するようになったことから始まった。今でいうところのフリーライターのはしりである。
"守備範囲"は、主として内外のポピュラー音楽およびミュージカルなど各種パフォーミング・アーツ。
その間、越路、美空ひばり、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリー、ザ・ビートルズらの絶頂期をオン・タイムで見聞きしてきた。
また、60~90年代は、日本レコード大賞審査委員・実行委員、東京音楽祭国内・国際両部門審査委員の立ち場から、音楽業界ウォッチャーの役割を果たした。
週刊現代に映画評、朝日新聞に書評を書いた時期もある。

海外ミュージカルについては、65~66シーズン以来、ブロードウェイ、ウェスト・エンドの主要作品のほとんどすべてを観劇している。もっともお気に入りのミュージカルは、ハロルド・プリンス演出、オリジナル版「ア・リトル・ナイト・ミュージック」(1973)。

執筆活動以外の実務面では、1963年、日生劇場こけら落としベルリン・ドイツ・オペラ招聘公演で広報コンサルタントをつとめたのを皮切りに、70年、同劇場が自主公演をとりやめるまでその任にあった。更に80~00年代にかけ劇団四季取締役として「コーラスライン」「キャッツ」「オペラ座の怪人」「ライオンキング」「マンマ・ミーア!」などの日本公演の企画・交渉に携わっている。

70~79年、慶応文学部(映画・演劇論)非常勤講師。その間の受講生のなかには、つかこうへい、竹内まりやがいた。

07年12月1日からインボイス劇場(港区六本木)で2年間のロングラン公演をおこなった「BLUEMAN GROUP IN TOKYO」では、エグゼクティヴ・プロデューサーをつとめた。

■著書

「音楽界実力派」(音楽之友社、66)
「流行歌の世界」(音楽之友社、66)
「越路吹雪・愛の讃歌」(PHP研究所、78)
「劇団四季MUSICALS」(日之出出版、96)
「ショウ・ビジネスに恋して」(角川書店、96)
「VIVA!劇団四季ミュージカル」(日之出出版、00)
「ミュージカルにI LOVE YOU」(日之出出版、06)
「喝采がきこえてくる」(KKベストセラーズ、07)

他に監修として係わった著作として、
「The Rule Breaker / CBSソニーの軌跡」(Sony Music、01)
「劇団四季半世紀の軌跡」(日之出出版、03)
芦崎治著「avex way」(エイベックス・グループ・ホールディングス、05)

■尊敬する人

吉田秀和(音楽評論家)、丸谷才一(作家)、中村稔(詩人、弁護士)ら諸先輩。

■交友関係

石坂敬一(ユニバーサル・ミュージック)、朝妻一郎(フジパシフィック) 浅利慶太(劇団四季)、朝倉摂(舞台美術家)、楊淑美(ヴォイス・トレーナー)、麹谷宏(グラフィック・デザイナー)、矢内廣(ぴあ)、森光子、東山紀之、 メリー藤島(ジャニーズ事務所)、渡邊美佐(渡辺プロダクション)、渡辺ミキ(ワタナベエンターテインメント)、田邊昭知(田辺エージェンシー)、川村龍夫(ケイダッシュ) 三国清三(レストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」)、勝山晋作(ワイン・バー「祥瑞」「グレープ・ガンボ」)

■趣味

内外美食の旅、ワイン探究。2000年、沖縄サミットでは趣味が高じ、首脳晩餐会の総合プロデューサー(料理、飲みもの、アトラクション)をつとめた。

2010年3月、校訂しました。