ABE MUSICAL SCHOOL
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【第31回】『クレイジー・フォー・ユー』(Ⅳ)
加藤敬二はスーザン・ストローマンの直弟子?

2011年12月26日

 

安倍(以下A) 加藤敬二さんに『劇団四季ソング&ダンス The Spirit』の感想を伝える機会がありました。電話ですけれど。今、日本であれだけ力量のあるダンサーをそろえられるカンパニーはほかにないと思うと賞讃したところ、
「『コンタクト』をやったことが大きいですね。あれをやり遂げることでダンサーの水準がぐっと上がりました」。
 という返事が返って来ました。

 


Student(以下S) 『コンタクト』は、『クレイジー・フォー・ユー』の振付家スーザン・ストローマンが振付・演出した作品で一種のダンス・ミュージカルですよね。この作品にはダンス力を向上させるお手本がいっぱい詰まっているということでしょうか。

A 『クレイジー』と『コンタクト』では、片方は大衆娯楽的色彩が強い、もう片方は挑戦的な試みという違いがあるものの、同じストローマン作品ですから、多分に共通性もある。いちばん目立つ点はアメリカ・ショウ・ビジネスの伝統をきちんと受け継いでいこうという姿勢でしょう。

S タップ・ダンスとかスウィング・ジャズとかでしょうか。

A その通りです。そういったものを音楽もダンスも引っくるめて咀嚼し、今の時代に生かそうという意志がひしひしと感じられるということです。
 小道具の使い方も抜群です。
 登場人物の性格をダンスで明確にしていくという点でも、ストローマンの才能は並々ならぬものがあると思います。
『コンタクト』第三幕のプール・バーに集まる人々も、ひとりひとりの背景や個性まで考えて人物造形がなされているのです。
『クレイジー』の主人公ボビーにしたって、ちょっとした身ぶり、からだの動きにお人好しのぼんぼんという風情が感じられるよう工夫されています。
 ダンス中心のミュージカルだけに『コンタクト』のほうが、振付家スーザン・ストローマンの特性が捉えやすいかもしれません。
『コンタクト』のような高度で個性的なダンスをマスターすれば、敬二さんの云うようにダンサーの技倆が著しく向上するでしょうし、個性も磨かれると思います。

S 加藤敬二さん自身、『コンタクト』第三幕の主役、広告会社の若き重役を演じていますしね。

A はい、彼自身がストローマニズムをしっかり身につけているはずです。『クレイジー・フォー・ユー』でも『コンタクト』でも、まずストローマンの演出・振付助手が来日し、細部にまでわたって振り移しをしてくれた上で、本人がラスト・タッチを入れるべくやって来ています。
 敬二さんや四季初演時の舞台を体験したダンサーはストローマン・ダンスの特質を風化させないで欲しいですね。

S 加藤さんといえば、『クレイジー』初演でボビーに抜擢され、それが彼のミュージカル人生で大きな転機になったと思われます。『キャッツ』で入団しミストフェリーズを好演して一躍人気が出ましたが、きわめて優れたダンサーであっても、役を演じる俳優という印象は強くありませんでした。

A 確かに彼のボビーは新鮮でした。ストローマンの代表的二作品に単なるダンサーとしてではなく主演をし、しかも、本人の直接の指導も受けているわけですから、彼の場合、有形無形のストローマニズムの影響は無視できません。

S 敬二さんがらみの話はこのくらいにしていただいて……。

A スーザン・ストローマン自身の話をしなくてはいけませんね。彼女は、一九五五年、アメリカ中西部デラウェア州ウィルミントン生まれ、五歳からバレエ、ジャズ・ダンス、タップにピアノのレッスンに精出したということです。デラウェア大学で演劇を専攻するのですが、それ以前、高校の文化祭でミュージカルの振付をやっている。
 彼女は、子どものときにふたつのものから大きな影響を受けたといっています。ひとつはフレッド・アステア主演の映画、もうひとつはニューヨークへ行ったときに見たジョージ・バランシンのバレエだそうです。後者は、当然、ニューヨーク・シティ・バレエの作品でしょう。それも複数の作品に心奪われたらしい。
 バランシンはサンクトペテルブルグ生まれのロシア人の舞踊家ですが、招かれてアメリカに渡りニューヨーク・シティ・バレエの基礎を作りました。二〇〇九年にシティ・バレエが来日したときにも「アゴン」「シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメント」「セレナーデ」などが上演されています。

S バランシン作品は見たことないのですが、どんなところに特色があるのでしょうか?

A 彼の志したのはバレエによるモダニズムです。物語りに走らず、装置を排し、衣裳を出来得る限り単純化し、音楽に限りなく忠実であろうとした。抽象的な身体的表現に徹したともいえるでしょう。
 確かに彼の作品では、クラシック・バレエに見られるロマンチシズムは影をひそめました。そのかわり虚飾を排した二十世紀的な舞踊美が誕生したのです。

S お話を伺っていると、もう片方のフレッド・アステアのダンスとは水と油、およそ両立しないものですよね。

A アステアはエンターテインメントの世界の人ですからね。バランシンは自らの作りたいものを作り、バレエの世界に革命を起こそうとした。アステアは自ら楽しく踊ってひとりでも多くの観客を楽しませようとした。
 少女時代からこの両極端の舞踊家を無理なく受け入れてしまうところが、ストローマンの幅広い許容力というか一種の凄さのように思えます。
 そうそう、忘れていました。バランシンもジョージ・ガーシュウィンの音楽でひとつ作品を作っているのですよ。七〇年の「フー・ケアーズ?」です。
『クレイジー』がニューヨークで初演されたとき、ニューヨーク・タイムズの首席演劇評論家フランク・リッチ~辛辣な批評を書くので有名で、ブロードウェイの〝屠殺人〟という異名をつけられています~が、次のように書いているのです。
「バランシンの『フー・ケアーズ?』はさて措き、私は、これまで舞台上で、これほど想像力豊かな、ガーシュウィン音楽と相呼応する振付を目にしたことがない」(一九九二年二月十日付け)。

S 〝屠殺人〟のわりには褒めていますね。

A リッチはまた、『クレイジー』のストローマンの振付にフレッド・アステアのダンスを再構築した部分があることをも指摘しています。ボビーとヒロイン、ポリーの華麗なデュエットはまさにアステアと彼のよきパートナー、ジンジャー・ロジャースの息の合ったダンスを思い起こさずにいられません。
 映画で大活躍したアステア・ロジャース・コンビの踊りは、一九三七年製作とちょっと古いけれど、名作の誉れ高い「踊らん哉」などがDVDになっているので、是非見てください。
 ところで、ロジャースは『クレイジー・フォー・ユー』のもとねたの『ガール・クレイジー』ブロードウェイ初演でヒロインを演じ、「エンブレイサブル・ユー」を歌って踊ったということです。これまた一九三〇年という昔のことですが。
 それにしてもショウ・ビジネスの歴史をひもとくと、さまざまな繋がりが見出され興味尽きません。

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撮影:荒井健

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」12月号より
劇団四季公式サイト

 

2011年12月26日 00:00

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