ABE MUSICAL SCHOOL
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【第34回】『サウンド・オブ・ミュージック』(Ⅱ)
歌うことは祈ることに通じる

2012年03月09日

 

安倍(以下A) これは以前にもあちこちで書いたり喋ったりしてきたことなのですが、私は、ミュージカルについてある自説を持っているんです。ミュージカルに登場する主人公たちは、音楽、芸能と深い係わり合いを持っている人たちがいい、というものです。
 歌手でも演奏家でも作詞家、作曲家でもいい。音楽と離れたらその職業がなり立たなくなってしまう振付家、ダンサーもその適合範疇かな。

 

Student(以下S) はい、ずばり『ザ・ミュージック・マン』というミュージカルもありました。

A 作詞・作曲・台本メルディス・ウイルソン。一九五七年、ブロードウェイ初演。一三七五回のロングラン記録を残します。ミュージック・マンとは楽器専門の行商人の謂です。自称教授のこの主人公は詐欺師でもあった……。この詐欺師という設定が一種のスパイス的効果をもたらしている。『クレイジー・フォー・ユー』『コンタクト』などで四季ファンにはおなじみのスーザン・ストローマン振付・演出でブロードウェイでリヴァイヴァルされたこともあります。

S なぜミュージカルの主人公に歌手、音楽家がふさわしいかというと、えーと、こちらから安倍説をお話してしまってもいいですか。前に伺ったような気がするので……。

A 間違って伝えてくれなければね。

S はい。劇中で主人公が歌い出すとか、大掛かりな歌と踊りの場面が繰り広げられるとかそういう際に、お芝居から所謂ミュージカル・ナンバーへ無理なく移行できる……。

A もちろん音声学教授と花売り娘を主人公にして成功した例もあります。でも作り手たちは、主人公たちがどういうドラマの流れのなかで、あるいは心理的起伏に沿って歌い出したら、観客の目から見て不自然でないか、大いに腐心したと思います。
 日常的に音楽にどっぷり浸かっている主人公たちなら、極端にいえばいつどこから歌い出しても、自然に見えるということです。

S この安倍説を『サウンド・オブ・ミュージック』という作品に適応させると、どういう分析結果が出るのでしょうか。

A はい、それこそ今日の主題というべきものです。
 このミュージカルのヒロイン、マリアは敬虔な修道女を目指している乙女です。修道院の日常でいちばん大切なのはお祈りですが、祈祷と讃美歌、すなわち祈ることと歌うこととは一心同体、切り離せません。マリアの周辺には初めからしっかりと音楽が存在したのです。
 尼さんや修道院は、一見ミュージカルねたとしてはふさわしくないように見える。しかし、それはかならずしも正しくない。ウェスト・エンド発でブロードウェイでも上演されている『シスター・アクト』(原作の映画邦題名「天使にラブ・ソングを……」)のような例もあります。

S そういえば『サウンド・オブ・ミュージック』の前奏曲は、およそミュージカルらしくない厳かな宗教音楽風ですね。

A 宗教音楽風ではなく宗教音楽そのものでしょう。題名も英語のプレリュードではなくラテン語でpreludiumになっています。つまりレクイエムなどの宗教音楽で使われる言葉がラテン語であることを踏まえているのです。
『サウンド・オブ・ミュージック』がブロードウェイで初演された一九五九年当時は、ミュージカルに序曲はつきものでした。カーテンを閉めたまま、たっぷり長めの曲を演奏したようです。ヨーロッパから輸入されたオペレッタの影響が色濃く残っていたせいもあります。
 このミュージカルでは普通の序曲はやめて一工夫しようと主張したのは、作曲を受け持ったリチャード・ロジャースでした。そこで彼は、通常の序曲のかわりに「Dixit Dominus(神なる主は)」「Morning Hymn(朝の祈り)」「Alleluia(ハレルヤ)」を据えることにしたのです。

S ロジャースは序曲にキリスト教音楽を持ち込むことで、『サウンド・オブ・ミュージック』がただの娯楽作品ではないですよといいたかったのかもしれません。

A 私は序曲に次いですぐに出て来るナンバー「サウンド・オブ・ミュージック」がきわめて重要な役割を担っていると考えます。尼さん見習いのマリアが、窮屈な僧院生活から抜け出し、大自然のなかで伸々と手足を伸ばしたいという思いを込めて歌う歌のように受けとられがちです。そういう面も確かにあるでしょう。しかし、この楽曲の英語歌詞をよーく読み込んでみると、そのような解釈だけでは表面的過ぎるような気がして来ます。
 小高い丘の上で彼女の耳が捉えるのは、讃美歌でもなければましてや世俗的な歌でもない。湖水から森へ飛び去る小鳥のさえずり、石に砕ける小川のせせらぎ、そよ風に乗って聞こえてくる教会の鐘なのですね。
 サウンド・オブ・ミュージックとは、なにか人の奏でる音楽ではなく、大自然を満たしている特別な音楽を意味しているのだと思う。

S オスカー・ハマースタインⅡ世の歌詞は難しい単語がひとつも出て来ない。しかし、そこはかとない気品を感じさせます。

A とても上等な詩情があると思うな。そうそれで、おのずから自然に満ち満ちている音楽というのは、神の声でもある。神の声は聞こえる人には聞こえるし聞こえない人には聞こえない。
 マリアは、僧院から飛び出したいと思っていたかもしれないけれど、大地で神の声を聞くことのできる乙女でもあったのです。

S 「サウンド・オブ・ミュージック」という主題曲には、宗教的厳粛さとは少しニュアンスが違うかもしれませんが、私たちの心を浄化してくれるようななにか、純真無垢なものといったらいいのか、その種の情感がありますね。

A  『サウンド・オブ・ミュージック』のマリアは、ロジャース=ハマースタインⅡ世が作り上げたヒロインです。実在したマリアと混同してはいけません。
 しかし、前回お話したように、ロジャースは事実に即し、できる限り脚色はしないでという方針を貫いたそうですから、ある程度の事実と創作の混同は許されるのではないでしょうか。
 ある研究書によると、トラップ一家には「歌えば二度祈ったことになる」という信条があったそうです。ハマースタインⅡ世がそのことを知っていたかどうかはわからない。でも、まったく同じ思いを込めて「サウンド・オブ・ミュージック」を作詞したにちがいないと、その著者は断定しているのです。

S キリスト教という観点から読み直してみると面白いかもしれません。

A あくまで深読み、裏読みのし過ぎは禁物ですが……。ただね、トラップ一家がナチスの魔手から逃れ山越えする際は、神への祈りを捧げつつだったことは想像に難くありません。これも現実と舞台との混淆になりますが、ミュージカルのあそこの場面、すなわちクライマックスでは観客も祈るような気持ちになりますよね。

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撮影:阿部章仁

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」3月号より
劇団四季公式サイト

 

2012年03月09日 23:35

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