ABE MUSICAL SCHOOL
: 安倍 寧 Official Web Site

【第36回】『サウンド・オブ・ミュージック』(Ⅳ)
曲先行で作られたロジャースの名曲の数々

2012年05月30日

 

安倍(以下A) 今回はこのミュージカルを作曲したリチャード・ロジャースについてもう少しお話しておきたいと思います。
 劇団四季公演のパンフレットに載っている和田誠さん(本業はイラストレーターですが、極め付きの音楽通、映画通)と私の対談でも触れていることですが、ロジャースには大別してふたつの時代があった。
 そのことは知っていますよね。

 


Student(以下S) はい、相棒の作詞家がローレンツ・ハートだった時代とオスカー・ハマースタインⅡ世だった時代に分けられるということですね。

A ロジャースとハートが知り合いコンビを組んだのは一九一八年で、ロジャース十八歳、ハート二十三歳でした。
 このコンビが残した傑作の誉れ高いブロードウェイ・ミュージカルには『オン・ユア・トーズ』(三六)『ベーブス・イン・アームス』(三七、映画邦題名『青春一座』)『ボーイズ・フロム・シラキュース』(三八、シェイクスピア『間違いの喜劇』が原作)『パル・ジョーイ』(四〇、映画邦題名『夜の豹』)などがあります。

S 和田・安倍対談でこの時代のリチャード・ロジャースの作風を和田さんは「都会的」、安倍さんは「洗練されていてお洒落」と語っています。

A ローレンツ・ハートの歌詞はウィットが効いているというか、捻りがあるんだな。
 ソフィスティケーションという一点において双方は実にうまく適合し、かつ均衡を保っている。
 一例を挙げますよ。ジャズのスタンダード・ナンバーとして誰もがよーく知っている「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、『ベーブス・イン・アームス』から生まれた名曲ですが、こんな歌詞が出て来る。
♬あなたの顔を見ていると吹き出しちゃうし、写真には向かないわね/それでもそれでも私の大好きな芸術品なの……(村尾陸男訳)
 なんとこれが女性から男性への愛の囁きなんですよ。このきつい洒落と都会的な旋律とが一体となって見事なラヴ・ソングに昇華している。お見事のひとことです。

S このコンビは、ほかにもあとあとまでジャズ歌手たちによって歌い継がれる楽曲をいっぱい残しているようです。

A 『ボーイズ・フロム・シラキュース』から「ゼアズ・ア・スモール・ホテル」、『パル・ジョーイ』から「ビーウィチド」とか、挙げ出したら切りがない。
 しかし残念なことにハートは、四三年、四十八歳の若さで亡くなります。デカダンな詩人らしく、酒に溺れ、失踪し、ホテルのベッドで孤独な死を迎えたそうです。

S そこでリチャード・ロジャースの新たなパートナーとして登場するのが、『サウンド・オブ・ミュージック』の作詞家でもあるオスカー・ハマースタインⅡ世です。

A ロジャース=ハマースタインⅡ世コンビの誕生です。ハマースタインⅡ世はハートと同じ一八九五年生まれですから、今回もまたもや七歳年上の〝兄貴"とコンビを組むことになる。
 しかも、ロジャースにとってハートもハマースタインⅡ世もコロムビア大学の先輩だった。頭が上がりませんよね。これは私のまったくの想像ですが、いきおい先輩のいうことに従うことになる。
 作曲家リチャード・ロジャースが、ハート時代とハマースタインⅡ世時代とではがらりと作風が変わったのは、こういう裏事情があったからではないか。

S 音楽的に見るとどのように変わったでしょうか?

A 大胆に色分けすると、ハート時代はジャズ、ハマースタインⅡ世時代はオペレッタでしょうか。軽妙洒脱より大らかな人間味を重視するようになった。
 一部の都会人のセンスに合わせるよりアメリカ国民全体に受け入れられる音楽を目指すようになった、ともいえる。

S ロジャース=ハマースタインⅡ世コンビは、『サウンド・オブ・ミュージック』まで続くわけですね。

A 『サウンド・オブ・ミュージック』がブロードウェイで開幕したのは、一九五九年一月十六日ですが、この作品の準備中から病魔が作詞家のからだを蝕んでいた。翌六〇年八月二十三日、不帰の客となったのです。

S ふたりによる第一作は四三年の『オクラホマ!』でした。

A 以下、『オクラホマ!』に続き、ふたりが力を合わせて世に送り出した珠玉のブロードウェイ・ミュージカルを書き出しておきます。いくつか日本ではあまり知られていない作品もあります。『回転木馬』(四五)『アレグロ』(四七)『南太平洋』(四九)『王様と私』(五一)『私とジュリエット』(五三)『パイプ・ドリーム』(五五)『フラワー・ドラム・ソング』(五八)『サウンド・オブ・ミュージック』(五九)です。

S なかでも『オクラホマ!』『回転木馬』『南太平洋』『王様と私』『サウンド・オブ・ミュージック』は、名曲ぞろいです。

A ハマースタインⅡ世の歌詞はいずれもきわめてわかりやすい、『サウンド・オブ・ミュージック』の原詞に当たってみてください。「私のお気に入り」を例にとりますよ。
♬When the dog bites, / When the bee stings, / When I'm feeling sad, ……なんて歌詞は中学生でも理解できる、しかし、dog, beeと来てIと変化するところなど実に巧みです。平易で巧妙、このふたつを兼ねるというのは至難の業ですよ。

S ふたりの異なる作詞家と仕事をしたお蔭でロジャースの音楽の幅がぐーっと広がったとすれば、彼の作曲家人生はとてもハッピーだったと思います。

A ここで急いで付け加えておきたいのは、楽曲を作るという実際の作業では、かならずしも歌詞が先にあり曲があとで作られるというわけではなかったということです。
 とくにハマースタインⅡ世とロジャースの場合は、いわゆる〝曲先"だったということです。作詞家がそのことをはっきり書き残しています。
 ただし、作詞家と作曲家は曲作りに入る前からじゅうぶんに打ち合わせをするでしょうから、相互影響がないわけがない。
 ミュージカル全体の意図、個々の楽曲の狙いなどは言葉の専門家の作詞家が多分に先導するでしょうし。
 ハマースタインⅡ世の死後、リチャード・ロジャースは、自ら作詞も手掛け『ノー・ストリングス』(六二)を発表します。この題名は、主役の男女ふたりの間に最終的に絆がなかったことを意味するほか、オーケストラに弦楽陣がないことも示唆しています。
 そうそれから、ハマースタインⅡ世というパートナーを永遠に失ったことも暗示していないでしょうか。
『サウンド・オブ・ミュージック』は、ふたりの天才の最後の共同作品という点で大きな意味を担っているのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
撮影:上原タカシ

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」5月号より
劇団四季公式サイト

 

2012年05月30日 03:20

コメント

コメントをどうぞ。




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)