ABE MUSICAL SCHOOL
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【第39回】『アスペクツ オブ ラブ』(Ⅲ)
天才ロイド=ウェバーが紡ぎ出す音楽のタペストリー

2012年08月18日

 

Student(以下S) 依然として世間には、アンチミュージカル派という人たちが跡を絶たないように思えます。ドラマが進行する最中に、突然、歌い出したり踊り出したりするのがどうしてもなじめないというんですね。

 

安倍(以下A) かつてタモリがしきりにそう主張していた。確かに往年の代表的なミュージカルには、ミュージカル・ナンバーが際立ち過ぎるきらいがあった。どの役柄の人がどの歌を歌うと決められていて、繰り返し歌われる楽曲もせいぜい二、三曲でした。
 でも、それとは対極的なミュージカルだってあることを、アンチミュージカルの人たちに知って欲しい。つまり、その端的な例証が……。

S 『アスペクツ オブ ラブ』であると……。

A そう先回りしないで。このミュージカルの音楽的な面を論じるときにタペストリーという比喩がよく使われるでしょう。さまざまな色合いの糸を用いて絵や模様が織り上げられるタペストリーのように、『アスペクツ オブ ラブ』では、いくつかの主題曲が、音楽の流れのなかに取りこまれていて繰り返し鳴り響くからです。
 そして、歌も科白もタペストリーの一部であるかのような扱いを受けている。そのためミュージカル・ナンバーが突出しているという印象が極力抑えられるのです。

S たとえば「Love Changes Everything」は、若きヒーロー、アレックスが、冒頭、カーテン前で歌うので、それだけでも強烈な印象をあたえてくれますが、第一幕の最後でもリプリーズされます。

A 冒頭のこの歌は、アレックスの回想的な意味合いが強い。今から十四年前、若い彼はフランス人の女優ローズと恋に落ちた。しかし、ローズはイギリス人貴族の叔父ジョージに奪いとられてしまう。次に叔父とローズの間に出来た少女ジェニーとあわやという関係まで進むが、最後の最後に叔父の恋人でイタリアの彫刻家ジュリエッタと結ばれ、新しい人生を歩み出すことになる。
 回想と同時に、かたわらにいるジュリエッタとの恋を謳歌している面もあります。

S 第一幕の幕切れは、アレックスがジョージとローズの結婚、ローズの出産をマレーシアの戦場で知るという設定です。

A 衝撃的な事実を知ったアレックスの複雑な心境、いかばかりか。同じ楽曲でも冒頭とは違う意味合いを込めて歌わなくてはならないでしょう。
 歌うほうには難題ですが、観客にとっては同じ旋律の繰り返しですから、ごく自然にドラマの進行に溶け込んでいくことが出来ます。

S 同じロイド=ウェバー・ミュージカルの『ジーザス・クライスト=スーパースター』『エビータ』のようにミュージカル・ナンバーが突出している印象はありません。

A それからね、この「Love Changes Everything」の旋律は、アレックスとローズが叔父ジョージの別荘に侵入し、短い逢う瀬を楽しむ場面でも反復されます。アレックスがローズに叔父の亡き妻について語ったり、ふたりで芝居ごっこに熱中したりするところでも、気がつくと鳴っているんです。
 ふたりの愛の主題曲は、逃避行の列車のなかで歌われる「Seeing is Believing」にもかかわらずですよ。

S そして第二幕のラストでは結ばれたばかりのアレックスとジュリエッタが熱唱します。

A この作品は回想型式をとっているわけですから当然です。観客はエピローグでこの主題曲を聴き、プロローグに思いを馳せることになるのです。エピローグからプロローグへの逆の連環といったらいいのかな。

S 『アスペクツ』では「Love Changes Everything」に限らず、ほかの主題曲でも繰り返し繰り返し演奏されたり歌われたりします。その反復が聴いていて実に心地いいんですね。

A 反復のわざが巧みだからです。アンドリュー・ロイド=ウェバーがどこまで計算してタペストリーを編んでいるのかわかりません。むしろドラマの進行と音楽構成を突き合わせながら書き進めていくうちに、次々とタペストリーを編んでいく上でのアイディアが閃き、その結果、こういう作品に仕上がったという気がします。
 ひとことでいうと無計算の計算です。

S はなから計算づくではない?

A 仕上がりが自然体でしょ。自由に往き来している構成で人工的な音の響きではないのです。
 ここで裏話をひとつ。浅利慶太さんが、一九八八年、長野オリンピック開会式を演出することになったとき、ロイド=ウェバー作品『ウィッスル・ダウン・ザ・ウインド』のなかの「チルドレン・ルール・ザ・ワールド」を使用することになった。
 その際、不肖私が力不足を承知でコーディネーター役を相務めたんですが、曲の寸法、構成(歌、ダンスの部分をどうするかなど)を決めるに当たって、ロイド=ウェバーはこういうやり方をしたんです。
 シンセサイザーの前にすわった作曲家は、こちらの注文に耳を傾けながら、その場で鍵盤を押さえつつ、「ここはこんな繋がりでどう? 長さはこれくらいで足りる?」とどんどん決めていく。「あっ、これうまくいったね」といったりする。すべての段取りが決まるとDATに録音して渡してくれました。

S 机に向ってうんうん唸って書くのではない?

A 勘と閃きの人だということを、私は身をもって実感しました。
 ロイド=ウェバーの新作ミュージカルの作り方は、多分こうでしょう。まず、いくつかの主題曲の主旋律が決められる。次に、それを材料に全体の構成や各楽曲の細部を詰めていく……。その際の相談相手は長年コンビを組んで来た編曲家のデイヴィッド・カレンではないか?
 とくに『アスペクツ』ではこの手法が際立ったのではないのか?

S そういえば『オペラ座の怪人』にしろ何にしろオーケストレーションのクレジットは、かならずロイド=ウェバーと並んでカレンの名前が見受けられます。

A  『アスペクツ』にはいちばん印象深い「Love Changes Everything」のほかにも心に染みる楽曲がいっぱいあります。それらはそれぞれ独立したナンバーであるとともに、『アスペクツ』というタペストリーを構成するきわめて重要な素材でもあるわけですが……。
 とりわけ二重唱に聴くべきものが多い。ローズ、アレックスの「Seeing is Believing」、ジョージ、ジュリエッタの「A Memory of a Happy Moment」、ローズ、アレックスの「Chanson d’enfance」、など。アレックスとジョージがローズをなかに置いて対決する「She’d Be For Better Off With You」も劇的高揚感に満ちた佳曲です。
 もしかしてこういう云い方が出来るのかも。『アスペクツ』はさまざまな二重唱を配置することで、ありとあらゆる恋の有り様を描き出しているのだ、と。

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撮影:上原タカシ

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」8月号より
劇団四季公式サイト

 

2012年08月18日 23:55

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