ABE MUSICAL SCHOOL
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【第40回】『アスペクツ オブ ラブ』(Ⅳ)
ちょっと「トリビアの泉」にあやかって

2012年09月10日

 

安倍(以下A) 今回はちょっぴりレクチャーの趣を変えて人気番組だった「トリビアの泉」にあやかってみたいと思います。題材は『アスペクツ オブ ラブ』の中にいくらでもありますからね。

 

Student (以下S)triviaとはそもそも雑学という意味だと聞いています。これまでこのレクチャーではそれぞれのミュージカルの音楽性、原作や台本の他と異なる特色、製作過程での裏話が中心でした。そういう本筋からはずれて……。

A このミュージカル教室は常に脇道にそれるきらいがありましたが、更に脇道にそれるかも。ただ、評論家の川本三郎さんの好きな箴言で「神は細部に宿る」という名文句があるくらいですから。

S はい、覚えておきます。

A 『アスペクツ』を心ゆくばかり楽しむためにはフランスの地図がある程度頭に入っていないといけない。第一幕冒頭、アレックスが「Love Changes Everything」を歌う場面、あれはポー駅という設定です。ポーはパリから南西へ七七三キロメートルのところにある田舎町です。五、六〇キロ南がスペイン国境、一二〇キロか一三〇キロ西が大西洋でしょうか。カトリック教徒巡礼の地、聖水で知られるルルドが六、七〇キロ南にあります。

S ポー郊外にアレックスの叔父ジョージの別荘がある。今、そこでアレックスは長年愛して来たローズと決別して来たところです。歌が終わると、時代は一九六四年から四七年に遡り場所もモンペリエの劇場に移動します。

A モンペリエはパリから七五八キロほぼ真南の地中海に面した町です。同じ地中海沿岸の町からだとマルセイユから一七三キロ、ニースから三三〇キロ西へ行ったあたりに位置します。二十世紀のフランスを代表する文人ポール・ヴァレリー生誕の地だそうですよ。
 このモンペリエでアレックスは女優ローズにのぼせ、劇場に通い詰めていた。そしてふたりは初めて口をきいたその日、ジョージの別荘に恋の逃避行を敢行することになる。アレックスの突然の誘いにローズが乗ったのは、不入りで公演中止となったからには已むを得ない選択でした。

S ふたりが列車のコンパートメントで寄り添い、「Seeing is Believing」を熱唱する場面へと続くのですね。モンペリエからポーへはどのくらいの距離があるのでしょう?

A 三九〇キロから四〇〇キロくらいじゃないかな。かなり離れています。夜行列車ですし、ふたりが代わり番こにうとうとするのも仕方ありません。
 ただ辿り着いたジョージの別荘は、人里離れたところにあるとはいえ、ピレネー山脈を見渡すことの出来る景勝の地です。大自然に囲まれた隠れ家ですから、ふたりの恋の炎が燃え盛るには絶好の場所だったにちがいありません。


S このポーの別荘は、ドラマが進行するにつれ、ますます重要さを増していくように思えます。

A アレックスが、ジョージとローズの間に生まれたジェニーと惹かれ合うのも、またパリで急死したジョージの葬儀がおこなわれるのも、ここですからね。
『アスペクツ』にはダンスの見せ場がほとんどないのですが、唯一、葬儀の場面の「Hand Me the Wine and the Dice」は迫力に満ちあふれ、つい目を凝してしまいます。

S 参会者が足を踏み鳴らして歌い踊るナンバーですね。

A ところで、この別荘については原作のデイヴィッド・ガーネットの小説とミュージカルでは異同があるのです。小説では投資に失敗したジョージが移り住むのは、もともと持っていたポーの別荘ではない。ローズの生まれ故郷シノンに新たに買った別荘なのです。
 シノンはパリから南西に二八五キロ、赤ワインの産地として有名です。小説ではジョージは、パリのマンションや絵を売って購入資金を作ります。

S ミュージカルの観客には、第一幕と第二幕の別荘が同じほうがわかりやすいからそうしたのでしょうか。

A 実はシノンは劇団四季にとってとても重要なレパートリーのひとつ、ジャン・アヌイ作『ひばり』にも登場します。ヒロインのジャンヌが神のお告げを聞き、王太子シャルルを訪ねる土地がシノンです。十五世紀初め、フランスはイギリスに攻め込まれ、宮廷はパリからシノンに移されていたのです。

S シノンのあるロワール地方はワインの生産地としても有名です。

A 一方、ポーはワイン地図の上では南西地方と呼ばれる地域に属します。ポーの近辺のジュラソンでもワインが出来るには出来ますが、甘口の白が有名です。
 小説の中でジョージは「甘口の白は好きじゃない」と明言しているんですけれどもね。

S 『アスペクツ』にはお酒を飲む場面がしばしば登場します。

A モンペリエのカフェでアレックスがエスプレッソかカプチーノかを頼もうとすると、ローズが敢然として「アルマニャックを」といい放つ。あわててアレックスが「アルマニャックとハウス・ワインの白をグラスで……」と注文し直すところがとても可愛い。彼はまだ十七歳でしたから、デイトで女性とお酒を飲むことなど考えも及ばなかったのでしょう。
 アルマニャックは、コニャックと並び称せられるブランデーの一種です。コニャックほど一般的でない分、通好みといいましょうか。あえてアルマニャックを頼むところにローズの自己主張の強い性格が現れていなくもない。

S 女優ローズがどんなお芝居に出ていたのかも興味があります。

A モンペリエで不入りのため中止になった公演は、ヘンリック・イプセン(一八二八~一九〇六)の『棟梁ソルネス』でした。役は若い娘ヒルダ。
 初対面から十四年後、アレックスがパリの劇場を訪れたとき演じていたのは、イワン・ツルゲーネフ(一八一八~八三)作『村のひと月』の人妻ナターリヤでした。この芝居は『田園の出来事』というバレエにもなっています。こちらのほうが有名かもしれません。その間、彼女は主演女優に成長し、公演自体も大入りという設定になっています。

S フランスの劇団なのに、二本ともフランスの芝居ではない?

A いや一本ありますよ、劇場の場面ではないけれど。叔父さんのポーの別荘でアレックスとローズが芝居ごっこをするところ、あれはシドモン・ロスタン(一八六八~一九一八)のかの名作『シラノ・ド・ベルジュラック』です。ご存知、鼻のシラノと絶世の美女ロクサーヌの悲恋物語です。ただこれは四季版だけのことかもしれない。
 英語台本に当たると同じフランスものでも、小説「カルメン」を書いたプロスペル・メリメ(一八〇三~七〇)の『LʼOccasion』という芝居になっています。

S 『アスペクツ』にはパリ、ヴェニスも登場します。

A この二都市については今更説明不要だと思うので、あえて触れませんでした。

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撮影:上原タカシ

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」9月号より
劇団四季公式サイト

 

2012年09月10日 23:42

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