ABE MUSICAL SCHOOL
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【第41回】『ジーザス・クライスト=スーパースター』(Ⅰ)
新しい時代の風を感じさせたロック・ミュージカル

2012年10月10日

 

安倍(以下A) ことしの七月、ニューヨークで機会あってベン・ヴェリーン(Ben Vereen)のライヴを見ました。この人の名前、聞いたことある?

 


Student (以下S)耳にしたことがあるような、ないような。ブロードウェイの俳優か歌手か、どちらかでしょうか?

A そのどっちでもあるといえるブロードウェイの超ヴェテランです。ブロードウェイで『ジーザス・クライスト=スーパースター』初演の幕が開いたのは、一九七一年一〇月一二日でした。七一一回のロングランとなったのですが、そのときイスカリオテのユダを演じたのが黒人のベン・ヴェリーンでした。
 幸い私はこの公演の彼を見ているのですが、圧倒的な迫力でしたよ。リアリズムからすればユダにアフリカ系俳優が扮するのは問題があるものの、彼の歌唱、演技はうむをいわせぬ力強さに満ちていました。

S ほぼ四十年ぶりのご対面だったわけですね。いかがでした?

A ちょっとそう先を急がないで。彼は、翌七二年一〇月開幕の『ピピン』のリーディング・アクター役、『キャバレー』のMCのような役どころですが、この役に起用されトニー賞主演男優賞を獲得しています。彼は押し出しがいい上に軽妙洒脱な味わいもある。『ジーザス』でも『ピピン』でもそういう特色をじゅうぶん発揮していました。
 ちなみにヴェリーンは一九四六年一〇月一〇日生まれです。彼がこの二作品で役者として開花したのは、二十六~七歳のころということになります。

S 随分長いキャリアを誇っているわけですね。

A さて、なぜ本日、ベン・ヴェリーンの話題を持ち出したかというと、彼が入魂の演技を見せたユダを含め、このとき見た『ジーザス・クライスト=スーパースター』の印象があまりにも鮮烈だったからです。腰が抜けるほどでした。

S 観劇は開幕すぐだったのですか。

A いや翌七二年一月だったと記憶しています。浅利慶太さん、内藤法美、越路吹雪夫妻がいっしょでした。

S 実は今回から『ジーザス』だということで、少し予習をして来ました。このミュージカルのメーキング・ストーリーを詳細に綴ったノンフィクションがありますよね。「燃えあがるロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』の創造」に大急ぎでざあーっと目を通して来たのです。

A 作家で写真家のエリス・ナッサワー、レコード会社のMCA幹部としてこのミュージカルに深く係わり合ったリチャード・ブロデリックの共著ですよね。七四年に南川貞治訳で音楽之友社から発刊されました。古本でしか入手できないはずです。
 時代を変革するひとつの舞台が誕生するまでの生々しい息遣いが感じとれるドキュメントとしてきわめて貴重な一作です。

S この本によるとプレヴュー中から満員売り切れだったとか。


A 切符の入手に苦労してね。今みたいにコンピューターで東京にいながらにして購入するなんて手段はなかったし。
 実は『ジーザス』がブロードウェイ公演に漕ぎつけるまでにはレコード会社が深く係わり合っていました。そのあたりのいきさつについては追い追いお話していきますが、MCAと契約のあったビクター音楽産業(現ビクターエンタテインメント)の担当者に頼みました。すべてテレックス頼りです。

S 時代を感じさせるエピソードですね。

A ともかくトム・オホーガンの演出には度肝を抜かれたなあ。舞台の正面、左右両側がイスラエルの〝嘆きの壁〟を連想させる巨大な壁で、音楽と相呼応するかのようにするすると後倒しになっていく……。

S 先ほどのメーキング本の一四〇頁に、この冒頭の場面についての具体的な描写があるのを、今、見つけました。ちょっと読ませてください。
「スポットライトが、ベン・ヴェリーンを照し出す。彼は、ロック・オペラの最初のナンバーである《天国に心奪われて》"Heaven on Their Minds"を歌い始めた。ここで観客は、ヴェリーンがユダを演じているのに気づいた。そしてこの役を黒人俳優が演じていることに対して、客席の反応は格別変わらぬように思われた。
 エレキ・ギターの迫力あるリズムは、コードがボロ布に包まれたマイクをヴェリーンが握って気も狂わんばかりに動き廻るのに合わせて、圧倒的なビートを打ちだしていた。」
(南川貞治訳)。

A ほら、ベン・ヴェリーンが出て来るでしょ。
 越路、内藤、浅利、私の四人は、この冒頭から、そして舞台を見ている最中も興奮のしっ放しでした。舞台が終わってのち、ニューヨークのさる日本人のお宅に招かれていたのですが、血が頭に昇ったままなので、少し間を置こうと劇場近くのアメリカーナ(現シェラトンニューヨークホテル&タワーズ)で一杯やったことを覚えています。
『ジーザス』のブロードウェイ初演という栄光を担ったマーク・ヘリンジャー劇場は、もとは一九三〇年に開館した映画館です。なかなか由緒ある劇場で、四〇年にはローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リーが『ロメオとジュリエット』を演じている。オリヴィエ三十三歳、リー二十七歳のころじゃないでしょうか。『マイ・フェア・レディ』の初演もここでした。

S よく話題騒然のロック・オペラに貸してくれたものですね。

A いやほんとうに。アメリカの代表的建築家トーマス・W・ラムのデザインは実に華麗でね。ロビーの高い天井の装飾性などいくら眺めても飽きない。それだけに『ジーザス』の時代の先端性ときわめて対照的でした。伝統を踏み越え新しい可能性が試されていることを、入れものと中身を比較しつつ実感したものです。

S ところでトム・オホーガンは、六七年の『ヘア』で一躍脚光を浴びた演出家です。『ヘア』と『ジーザス』、ひとりの演出家が後々まで話題となるふたつの舞台を手掛けた……。六〇年代後半という時代の風を感じさせます。

A 具体的にはどういうところに?

S まずロック・ミュージカルであること。時代的にはヴェトナム戦争があり、ラヴ&ピースのヒッピー運動があり……。

A この二作は、若者による既成秩序、既成概念の破壊という点で共振しているかもしれません。

S 『ジーザス』劇団四季版の初演は七三年六月一九日~七月六日、中野サンプラザホールでした。

A 懐かしいなあ。のちにジャポネスクと呼ばれるようになるヴァージョンが呱々の声を上げたわけです。トム・オホーガン版に負けない、しかもまったく別種の独創性を発揮したいという浅利(演出)、山田卓(振付)、金森馨(美術)らクリエイティヴ陣の強い願いが、ああいうかたちで稔ったのでしょうね。

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ジーザス:芝 清道
撮影:上原タカシ

劇団四季会報誌「ラ・アルプ」10月号より
劇団四季公式サイト

 

2012年10月10日 13:52

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